第51話:システムエラー
王都の空に、巨大な文字が浮かんでいた。
誰の目にも見える、光の文字。
FINAL EVENT
英雄 vs 魔王
人々は足を止め、空を見上げる。
市場の商人。
逃げ惑っていた市民。
王宮の兵士。
全員が同じものを見ていた。
「……なんだ、あれ」
「文字?」
「英雄……魔王……?」
ざわめきが街を満たす。
その時。
王宮の塔の上で、王子は静かに空を見上げていた。
視界の端に、またあの画面が現れる。
イベント開始
最終決戦:魔王討伐
出陣を選択してください
王子はそれを見つめる。
数秒の沈黙。
それから、ゆっくり言った。
「拒否する」
その瞬間。
画面が赤く点滅する。
エラー
イベント進行不能
王子は小さく笑った。
「そうなるよな」
王都の外。
丘の上。
魔族軍の前で、ミリアも同じものを見ていた。
空の文字。
FINAL EVENT
そして彼女の目の前にも現れる画面。
最終ボスイベント開始
英雄との決戦を実行しますか?
ミリアは腕を組んだ。
「……面倒くさい」
画面を指で払うようにして言う。
「やらない」
次の瞬間。
画面が大きく歪んだ。
ERROR
イベント条件未達
ミリアが眉を上げる。
「へえ」
「困ったね」
英雄も。
魔王も。
どちらも戦わない。
物語が進まない。
その時。
世界が、微かに震えた。
王都。
市場の通り。
一人の兵士が歩いている。
「魔族め……」
「必ず討つ……」
同じ言葉をつぶやきながら歩く。
そして、角を曲がる。
次の瞬間。
また同じ兵士が角から出てくる。
「魔族め……」
「必ず討つ……」
同じ動き。
同じ言葉。
それを見た商人が顔を青くする。
「な……」
兵士はまた角を曲がる。
そして。
また現れる。
同じ兵士。
同じ台詞。
まるで壊れた人形のように。
王宮。
廊下を走っていた侍女が、突然立ち止まった。
目を見開く。
「……え?」
目の前の壁。
その一部が、突然消えた。
外の景色が見える。
だが次の瞬間。
壁が元に戻る。
侍女は震えた。
「いま……」
その時。
廊下の向こうから、同じ侍女が歩いてくる。
もう一人の自分。
二人の侍女は同時に固まった。
「え……?」
「え?」
教会。
セレフィーナは外の騒ぎを聞いていた。
神官が叫ぶ。
「建物が消えた!」
「同じ人が二人いる!」
「街がおかしい!」
セレフィーナは外へ出る。
空にはまだ浮かんでいる。
FINAL EVENT
そして彼女の目の前にも現れた。
光る画面。
ヒロイン選択イベント準備中
セレフィーナはそれを睨む。
胸がざわつく。
街を見る。
混乱する人々。
泣く子供。
崩れる建物。
「……違う」
セレフィーナは小さく言う。
「これは」
彼女は理解していた。
この世界が壊れている理由。
王子が戦わない。
ミリアも戦わない。
つまり。
物語が進まない。
世界が結末を決められない。
その結果。
物語そのものが壊れている。
丘の上。
ミリアは再びシステム画面を開いていた。
データが激しく揺れている。
シナリオ分岐:未確定
世界安定度:危険域
ミリアがため息をつく。
「完全にバグってる」
その時。
空間に声が響いた。
管理者の声。
だが今までとは違う。
少し、乱れている。
「システム……安定度……低下」
「強制修正を開始します」
王都の空に、巨大な光が降り始める。
人々が悲鳴を上げる。
セレフィーナはそれを見上げる。
ミリアも。
王子も。
そして空に、新しい文字が現れた。
強制イベント追加
次の文字。
ヒロイン選択
王都全体が静まり返る。
画面がセレフィーナの前に開く。
選択肢。
王子ルート
魔王討伐ルート
世界維持ルート
セレフィーナはそれを見つめた。
長い沈黙。
神官が震える声で言う。
「聖女様……」
セレフィーナは静かに言った。
「……違う」
拳を握る。
「全部」
彼女は空の文字を見上げる。
そして、はっきりと言った。
「選ばない」
その瞬間。
世界が大きく揺れた。
空の亀裂が、さらに広がった。




