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悪役令嬢セレフィーナ 乙女ゲームが始まらない  作者: 南蛇井


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第5話:魔法事故イベント

――その灰、肥料になるかしら?


王立アストリア学園の魔法演習場は、朝から妙に緊張した空気に包まれていた。


白い石で敷き詰められた広い実習場に、新入生たちが整列している。中央には円形の魔法陣が刻まれ、教師が腕を組んで立っていた。


「本日は魔力制御の基礎を行う」


低い声が響く。


「初級火球魔法だ。危険は少ないが、制御を誤れば暴走する。決して油断するな」


ざわめきが広がる。


生徒の列の中で、ミリアは静かに拳を握った。


(来た……)


これは、乙女ゲームの魔法事故イベント。


本来のシナリオではこうだ。


ヒロインの魔法が暴走する

危険な爆発

攻略対象の魔導士カイルが助ける

「君は危なっかしいな」

恋愛フラグ成立


完璧なイベント。


そして今日、その舞台は整っている。


ミリアはちらりと隣を見る。


少し離れた位置に立つ公爵令嬢――セレフィーナ。


彼女はと言えば。


地面を見ていた。


真剣な顔で。


(また地面……)


ミリアはため息を飲み込み、前に出た。


「先生」


教師が視線を向ける。


「私、やってみます」


「よろしい。詠唱を」


ミリアはゆっくりと手を上げる。


(少しだけ魔力を乱す)


それだけでいい。


火球が暴走する。


危険。


救出。


恋愛イベント。


すべては予定通り。


「火よ――」


魔力が集まる。


掌の上に赤い光。


火球が生まれる。


しかし。


火球は、妙に震えていた。


教師の眉が動く。


「……おい」


火球が膨らむ。


震える。


ミリアはわざと制御を崩した。


(今よ)


その瞬間。


ドォン!!


爆発が起きた。


轟音。


黒煙。


魔力の嵐が演習場に広がる。


生徒たちが悲鳴を上げた。


「魔力暴走だ!」


教師が叫ぶ。


炎が柱のように立ち上る。


危険。


本来なら危険。


だが、予定通りだ。


「皆、下がれ!」


鋭い声が響いた。


前に出たのは、銀髪の少年。


魔導科の天才――カイル。


彼の指先に魔法陣が浮かぶ。


「封鎖陣、展開!」


青い光が広がり、暴走した火球を包み込む。


炎が渦巻き。


爆ぜ。


やがて。


静かに消えた。


煙がゆっくりと晴れていく。


地面には黒い焦げ跡と、大量の灰。


ミリアはその場に倒れた。


(さあ……)


ここでカイルが駆け寄る。


心配する。


手を差し伸べる。


恋の始まり。


完璧な流れ。


しかし。


「……ふむ」


誰かがしゃがみこんだ。


ミリアはうっすら目を開けた。


そこにいたのは。


セレフィーナだった。


彼女は灰を指先でつまんでいる。


真剣な顔で。


(……何してるの?)


セレフィーナは灰を指でこすり、粒を確かめる。


そして顔を上げた。


「カイル様」


呼ばれたカイルが振り向く。


「……はい?」


セレフィーナは灰を見せた。


「その灰」


一瞬の沈黙。


「少しいただけます?」


カイルは瞬きをした。


「……灰?」


「ええ」


セレフィーナは真剣だった。


「肥料になるかしら?」


演習場が静まり返った。


教師も、生徒も、固まる。


カイルだけがゆっくりと口を開いた。


「……肥料?」


「魔力燃焼の灰ですわ」


セレフィーナは地面の灰を見つめる。


「ミネラル成分は残るはずです」


指先で灰を砕く。


「カリウムもあるかもしれません」


カイルは困惑した顔で灰を見る。


「……理論的には、あるかもしれません」


セレフィーナの目が輝いた。


「素晴らしいですわ」


彼女は小さな布袋を取り出した。


そして。


灰を回収し始めた。


さくさく。


さくさく。


魔法事故の跡地で。


カイルはしばらくそれを見ていた。


やがて言った。


「……何に使うんです?」


セレフィーナは当然のように答える。


「花壇です」


「花壇」


「学園の土、少し痩せているのです」


彼女は灰を袋に入れながら続ける。


「これを混ぜれば、花が元気になるかもしれません」


カイルは腕を組んだ。


少し考える。


そして。


「……面白いですね」


セレフィーナは顔を上げた。


「実験、してみます?」


「はい」


二人は真剣に灰を見つめた。


その少し離れた場所で。


ミリアはモブ生徒に担がれていた。


「医務室へ!」


教師の声。


ミリアは遠ざかる景色の中で呟いた。


「……あれ?」


誰も。


カイルは。


助けに来なかった。


遠くでセレフィーナの声が聞こえる。


「この灰、全部いただいても?」


カイルの声。


「研究用に少し残してください」


「もちろんですわ」


ミリアは天井を見上げた。


ぽつり。


「……恋愛イベントだったよね?」


誰も答えなかった。

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