第4話:騎士イベント失敗
王立アストリア学園の昼下がり。
春の風が校庭を渡り、花壇のチューリップが静かに揺れていた。
生徒たちは昼休みを楽しみながら、噂話をしている。
「聞いた? 今日、騎士レオン様がセレフィーナ様を護衛するらしいわ」
「ええ、ゲームのイベントよね」
「ついに来たわ……!」
ヒロイン、ミリアは花壇の陰から様子を窺っていた。
(来た……騎士イベント)
王国騎士団の若きエリート、
レオン・ヴァルガス。
銀の鎧に長身、冷静沈着。
そして悪役令嬢を守ることで好感度が上がる攻略対象。
このイベントはこうだ。
セレフィーナが不良貴族に絡まれる。
そこにレオンが颯爽と登場し、助ける。
「ご安心ください、私が守ります」
そして恋が始まる。
——完璧なイベント。
ミリアは胸の前で拳を握った。
(今度こそ、成立させる!)
しかし。
花壇の横でしゃがんでいる人物がいた。
セレフィーナ・エルドレイン公爵令嬢。
豪華なドレスの裾を気にもせず、
黙々と地面を見つめている。
「……やはり増えておりますわね」
彼女は静かにつぶやいた。
指先で草を摘み上げる。
「この根の張り方……
外来種ですわ」
さらに一本。
「放置すれば花壇を侵食します」
ぽい。
「今のうちに抜いておきませんと」
ぽい。
完全に雑草取りである。
そこへ現れた。
騎士レオン。
青い騎士団マントを翻しながら、
彼は周囲を警戒する。
(……公爵令嬢を守る任務)
騎士団長からの命令。
だが——
彼の視界に映ったのは。
しゃがんで雑草を抜いている公爵令嬢。
レオンは一瞬、思考が止まった。
「……何をされているのですか」
セレフィーナは顔を上げた。
「あら、騎士様」
穏やかな笑顔。
「雑草ですわ」
「……雑草」
「ええ」
セレフィーナは真剣な顔で説明した。
「この花壇、三年前に改修されたものですが
その際に持ち込まれた土に混ざっていた種が——」
レオンの頭の中。
(雑草の説明が始まった)
その頃。
花壇の陰で待機していた不良貴族たち。
「……どうする?」
「絡むか?」
「いやでも草取りしてるぞ」
「公爵令嬢だぞ?」
「雑草抜いてるぞ」
誰も近づけない。
イベント崩壊である。
レオンはしばらく黙って見ていた。
セレフィーナは黙々と草を抜き続けている。
ぽい。
ぽい。
ぽい。
彼女はふとレオンを見上げた。
「騎士様」
「はい」
「この草」
一本差し出す。
「根が深いのです」
レオンはそれを受け取った。
「……確かに」
「花壇を守るには、
根ごと抜かねばなりません」
セレフィーナはにこりと笑った。
「お手伝いいただけます?」
沈黙。
騎士団副隊長。
王国のエリート。
王国最強の剣士候補。
その彼が。
ゆっくり膝をついた。
「……承知しました」
草を抜いた。
数分後。
花壇の前。
騎士と公爵令嬢が並んで草取りをしている。
ぽい。
ぽい。
ぽい。
レオンはふと思った。
(……なぜ私は草を抜いている)
だが。
不思議と嫌ではなかった。
セレフィーナは満足そうに言った。
「綺麗になりましたわ」
レオンは花壇を見た。
確かに。
雑草は一本もない。
「……見事です」
「花壇は放置するとすぐ荒れますの」
彼女は優しく言った。
「人の心と同じですわね」
レオンは少しだけ笑った。
遠くから見ていたミリア。
「……」
沈黙。
「……え?」
騎士イベント。
守護イベント。
恋愛イベント。
すべて。
雑草に敗北した。
ミリアは空を見上げた。
「……なんで?」
その日。
王立アストリア学園では。
騎士レオンの新たな噂が流れた。
「聞いた?」
「騎士様、草取りしてたらしい」
「公爵令嬢と一緒に」
「え、なにそれ」
レオンはその夜。
日誌に一行だけ書いた。
『本日、公爵令嬢と花壇を整備』
そして少し考え、
一言付け加えた。
『……悪くない任務だった』




