第42話:攻略対象崩壊
王都の夜は、もう何日も終わっていない。
空に開いた亀裂は閉じることなく、そこから時折、黒い影が落ちてくる。
魔物。
兵士たちは眠る間もなく戦い続けていた。
城壁の外では、騎士団が剣を振るう。
街中では、民兵が槍を構える。
悲鳴。
金属の衝突音。
炎。
王都は戦場になっていた。
王宮の指揮室。
机の上には地図が広げられている。
赤い印が増え続けていた。
騎士団長が報告する。
「北区画、魔物三体撃破」
「南区画、被害拡大」
宰相が眉を寄せる。
「城壁は」
「第三門が半壊です」
沈黙。
王子は地図を見続けていた。
三日。
彼は三日間、ほとんど眠っていない。
会議。
戦闘指揮。
外交報告。
そしてまた会議。
宰相が言う。
「殿下、少し休んでください」
王子は首を振る。
「休めない」
声がかすれていた。
「魔族軍が接近している」
「各国の軍も動いている」
「王都を守らなければならない」
王がいない今。
王国のすべては、彼の肩にかかっていた。
宰相はそれ以上言えなかった。
城壁の上。
騎士団長は剣を肩に担いでいた。
鎧には傷が増えている。
血もついている。
部下が言う。
「団長」
騎士団長は振り向く。
若い騎士が指を指す。
「腕が……」
騎士団長の左腕から血が流れていた。
布が赤く染まっている。
だが彼は笑った。
「大したことない」
剣を握り直す。
「まだ動く」
遠くの闇から、また魔物が現れる。
騎士団長は剣を構えた。
「行くぞ」
教会。
大聖堂の前には、人が溢れていた。
巡礼者。
難民。
負傷兵。
皆が同じ言葉を叫ぶ。
「聖女様を!」
「聖女様に会わせてくれ!」
神官たちは必死に止めていた。
「押さないでください!」
「順番に!」
だが人は減らない。
むしろ増え続けていた。
一人の神官が壁にもたれる。
「もう……無理です」
食料は足りない。
薬も足りない。
祈りも、限界だった。
教会の裏庭。
小さな農園。
セレフィーナはしゃがんで土を触っていた。
畑は広がっている。
世界の異常のせいか、作物の成長は異様に早い。
それでも。
人の数が多すぎる。
彼女は一日中働いていた。
水を撒き。
怪我人を癒し。
祈りを捧げる。
夜もほとんど眠っていない。
子供が服を引っ張った。
「聖女様」
セレフィーナは顔を上げる。
「どうしたの?」
子供は心配そうに言う。
「寝て」
セレフィーナは笑った。
「大丈夫」
だが。
ジョウロを持つ手が、少し震えていた。
王宮の魔術塔。
魔術師たちは頭を抱えていた。
水晶球が乱れている。
魔法陣が歪む。
魔術師が叫ぶ。
「また失敗!」
治療魔法が暴走し、光が壁を焼いた。
別の魔術師が言う。
「召喚が不安定です!」
魔術長は重く息を吐く。
「……世界のルールが壊れている」
誰も反論できなかった。
王都の外。
丘の上。
ミリアは静かに立っていた。
その後ろには、黒い軍勢。
魔王軍。
魔族の将軍が言う。
「攻めないのか」
ミリアは答えない。
王都の灯りを見る。
戦い続ける人間たち。
守ろうとする騎士。
祈る聖女。
そして、王子。
ミリアは呟いた。
「……もう壊れる」
その夜。
王宮の指揮室。
王子はまだ地図を見ていた。
目がぼやける。
文字が揺れる。
宰相が何か言っている。
声が遠い。
「殿下?」
王子は立ち上がろうとした。
その瞬間。
視界が暗くなる。
床が近づく。
宰相が叫んだ。
「殿下!」
王子の体が崩れ落ちた。
城壁。
騎士団長が魔物を斬り倒す。
だが次の瞬間。
膝が折れた。
剣が地面に落ちる。
部下が叫ぶ。
「団長!」
騎士団長は苦笑した。
「……歳かな」
だが体が動かない。
同じ頃。
農園。
セレフィーナは水を撒こうとしていた。
ジョウロが手から落ちる。
土に水が広がる。
子供が驚く。
「聖女様?」
セレフィーナは空を見た。
亀裂。
黒い光。
胸が苦しい。
「……ちょっと」
ふらりと揺れる。
そして。
そのまま倒れた。
神官が叫ぶ。
「聖女様!」
夜の王都。
空の亀裂はさらに広がっていた。
黒い光が溢れる。
魔物の影が増える。
丘の上。
ミリアは静かに呟く。
「ほら」
王都を見下ろす。
「限界」
守る者も。
祈る者も。
導く者も。
全員が疲れきっていた。
世界は、ゆっくりと崩れ始めていた。




