第37話:暗殺者総動員
王都の地下深く。
古い石造りの回廊の奥に、誰も知らない部屋があった。
円形の広間。
中央には巨大な石の円卓が置かれている。
その周囲に、十数人の人影が立っていた。
全員が黒い外套を纏い、顔の半分を影に隠している。
彼らは王国の裏社会を支配する者たち。
暗殺者ギルド。
広間の奥に座る男が、静かに口を開いた。
ギルドマスターだった。
白髪の男。
しかしその瞳は鋭く、刃のように冷たい。
「王国は崩れ始めている」
低い声が広間に響く。
誰も反論しない。
すでに全員が理解していたからだ。
情報担当の男が前に出る。
「王族暗殺未遂」
「貴族反乱」
「魔族の活動」
「そして聖女伝説」
報告が続く。
「王都の秩序は急速に崩壊しています」
別の暗殺者が言う。
「さらに、新しい情報があります」
「何だ」
「少女ミリアの失踪」
空気が変わった。
諜報員が続ける。
「魔族と接触した可能性が高い」
円卓の周囲で、誰かが小さく舌打ちする。
ギルドマスターはゆっくり目を閉じた。
そして短く言った。
「……時間切れだ」
全員が顔を上げる。
「最終作戦を実行する」
静かな言葉だった。
しかし、その意味は重かった。
円卓の上に地図が広げられる。
王都全体の図。
城。
教会。
貴族街。
市場。
地下水路。
すべてが記されている。
ギルドマスターが指を置く。
「作戦名」
わずかに間を置き、言った。
「黒夜作戦」
部屋の空気が引き締まる。
「目的は三つ」
指が城へ動く。
「王宮内部の掌握」
次に貴族街。
「反乱貴族の粛清」
最後に教会。
「そして魔族勢力の排除」
沈黙。
それはつまり。
王都全体を影から支配する作戦。
暗殺者によるクーデターだった。
ギルドマスターは言う。
「王国が滅びる前に」
「我々が秩序を作り直す」
誰も反対しなかった。
暗殺者たちは、ただ静かに頷いた。
重い扉が開く。
地下の廊下。
そこには、すでに数十人の暗殺者が集まっていた。
さらに奥の部屋からも人影が現れる。
剣士。
弓手。
毒使い。
幻術師。
王国中から呼び集められた、裏社会の精鋭たち。
彼らは静かに武器を整えている。
鎧の擦れる音。
刃の光。
誰一人として無駄な言葉を発さない。
ギルドマスターが姿を現した。
その瞬間、空気が凍りつく。
彼はゆっくり周囲を見渡した。
「今夜」
短い言葉。
「王都の歴史が変わる」
暗殺者たちは黙って頷いた。
同じ頃。
王宮では。
王子が窓の外を見ていた。
夜の王都。
しかしどこか、いつもと違う。
騎士団長が報告する。
「王都各地で不審な動きがあります」
「影の者が増えている」
宰相が眉をひそめる。
「裏社会か」
王子は低く言った。
「……暗殺者ギルド」
部屋の空気が重くなる。
騎士団長が言う。
「騎士団を警戒態勢に」
王子は頷いた。
「遅すぎるかもしれないがな」
教会。
セレフィーナは祈りの場に立っていた。
巡礼者たちが膝をついている。
「聖女様に祝福を」
「王国をお守りください」
セレフィーナは困ったように笑う。
「私はそんな……」
だが人々は信じている。
神官が慌てて駆け寄る。
「護衛を増やします」
「え?」
神官は真剣だった。
「あなたは今、この国の象徴です」
つまり。
最も狙われやすい存在でもあった。
王都の外。
丘の上。
黒いローブの魔族が街を見ていた。
部下が報告する。
「暗殺者ギルドが動きました」
魔族の男は笑う。
「人間は本当に愚かだ」
「自分たちで滅びようとしている」
彼は静かに命じた。
「混乱に乗じて侵入する」
夜。
森の中。
ミリアが立っていた。
王都の灯りが遠くに見える。
隣には魔族の男。
「始まるな」
男が言う。
ミリアは静かに頷いた。
「ええ」
彼女の瞳には、もう迷いがない。
「この世界の終わりが」
深夜。
王都。
教会の鐘ではない音が鳴る。
それは暗殺者たちの合図だった。
屋根の上を黒い影が走る。
城壁。
貴族街。
教会。
地下水路。
すべての方向から、影が動く。
王都史上最大の暗殺作戦。
黒夜作戦。
王宮の高い塔の上。
ギルドマスターが街を見下ろしていた。
動く影。
消える灯り。
戦いの始まり。
彼は静かに呟く。
「王国は今夜」
「生まれ変わる」
その時。
背後の屋根に、もう一つの影が降り立った。
ギルドマスターが振り向く。
そこに立っていたのは――
ミリアだった。
夜風の中で、彼女は静かに言う。
「遅い」
その瞳は、深い闇を宿していた。
「もう」
ミリアは王都を見下ろす。
「世界は壊れる」
暗い夜が、静かに動き始めていた。




