第32話:王宮陰謀
王宮の会議室は重い沈黙に包まれていた。
厚いカーテンが外光を遮り、長い楕円形のテーブルには数人の貴族が座っている。
その中心にいるのは、鋭い目をした男——ヴァルドレイン侯爵だった。
彼はゆっくりと指で机を叩く。
「……いつまで失敗を続けるつもりだ」
低い声が部屋に落ちた。
誰も答えない。
ここ数ヶ月、貴族派の計画はことごとく空振りしていた。
暗殺。
誘拐。
事故。
すべてが、不自然なほど失敗している。
侯爵は静かに言う。
「偶然とは思えん」
隣の伯爵が小声で答える。
「ですが証拠がありません」
侯爵は視線を上げた。
「証拠など必要ない」
そしてはっきり言う。
「王子を排除する。」
部屋の空気が凍る。
だが、誰も反対しなかった。
数日後。
王宮では大規模な晩餐会が予定されていた。
外交官。
貴族。
王族。
そして——
王立アストリア学園の代表として、数名の学生が招かれる。
その中に。
セレフィーナ・アストリアの名前もあった。
侯爵は静かに計画を説明する。
「三段階だ」
まず第一。
毒。
晩餐会のワインに混入する。
即効ではない。
数時間後に発症する毒。
宴が終わる頃、王子は倒れる。
原因は特定できない。
完璧だ。
次に第二段階。
もし毒が失敗した場合。
天井の巨大なシャンデリア。
その鎖を細工してある。
王子の席の真上で落下する。
事故として処理される。
そして第三段階。
混乱の中で、刺客が動く。
王子を確実に仕留める。
侯爵は静かに言った。
「今回は失敗しない」
誰も異論を挟まなかった。
その頃。
王宮の執務室。
宰相は深いため息をついていた。
机の上には報告書の山。
外交問題。
学園騒動。
貴族派の不穏な動き。
宰相は呟く。
「嫌な予感しかしない」
向かいに座る王子アルヴィンは静かだった。
「陰謀ですか」
宰相は頷く。
「だが証拠がない」
王子は少し考える。
そして言った。
「晩餐会に、セレフィーナを招待しましょう」
宰相は顔を上げた。
「……はい?」
王子は真顔だった。
「彼女がいると、なぜか事件が起きません」
宰相はしばらく黙った。
(それは理由になるのか)
だが、反論もできない。
実際に——
最近の事件はすべて未遂に終わっている。
理由は分からないが。
学園。
セレフィーナは招待状を受け取っていた。
メイドが丁寧に説明する。
「王宮晩餐会です」
セレフィーナは首を傾げた。
「王宮……」
少し考える。
そして言う。
「庭園あるかしら」
メイドは戸惑う。
「……ございますが」
「なら行くわ」
メイドは驚いた。
「理由をお聞きしても?」
セレフィーナは当然のように言う。
「土を見たいの」
王宮の庭。
どんな土なのか。
それが気になっただけだった。
その夜。
王宮では準備が進んでいた。
厨房では料理人たちが忙しく動く。
ワインの樽が運ばれる。
その中の一本に。
毒が混入された。
天井では整備員がシャンデリアを調整する。
鎖がわずかに削られていた。
廊下では見慣れない使用人が働いている。
その一人は——
隣国のスパイ、エルドだった。
彼は偶然、厨房で交わされた会話を聞いてしまう。
「毒はもう入れた」
「宴の後に効く」
エルドは立ち止まる。
(王族暗殺……)
彼の任務は情報収集。
王子が死ねば、国は混乱する。
それは隣国にとって有利でもある。
だが。
彼はふと思い出した。
庭園で見たあの令嬢。
土を触りながら言った言葉。
——事故は嫌いなの。
エルドは小さく呟く。
「……また、外れるのか?」
夜。
学園の庭園。
セレフィーナは花壇を見ていた。
月明かりの下、静かな庭。
彼女は土を指でつまむ。
「王宮イベントね」
メイドが困惑する。
「イベント?」
セレフィーナは首を傾げる。
「確か晩餐会だったと思うの」
少し考える。
「毒ルートだったかしら」
メイドは完全に固まった。
セレフィーナは気にせず続ける。
「まあいいわ」
花壇を整える。
「とりあえず」
小さく微笑む。
「花の苗、持って行こうかしら」
メイドは震える声で聞く。
「なぜですか……?」
セレフィーナは真顔で答えた。
「王宮の庭、きっと改良の余地があるもの」
その言葉の裏で。
王宮では今まさに——
王族暗殺計画が進んでいた。
そしていつものように。
誰もまだ知らない。
その計画が。
園芸によって崩壊することを。




