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悪役令嬢セレフィーナ 乙女ゲームが始まらない  作者: 南蛇井


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第31話:隣国のスパイ

王立アストリア学園の朝は静かだった。


春の光が石造りの校舎を照らし、庭園では庭師が剪定をしている。

遠くで鐘が鳴り、学生たちがゆっくりと校舎へ向かっていた。


その人混みの中に——


一人の新しい学生がいた。


金髪を後ろで結び、整った制服を着た青年。

穏やかな微笑みを浮かべ、誰にでも丁寧に会釈する。


名は——


エルド・ヴァレン。


留学生。


という建前。


だが本当は違う。


彼は隣国の諜報機関に所属するスパイだった。


任務は単純だ。


王国の情報収集。

そして可能ならば——


王子アルヴィンの暗殺機会の調査。


エルドは校舎を見上げ、小さく息を吐いた。


「……ずいぶん平和そうだな」


だが、平和な場所ほど油断が多い。


それが彼の経験だった。


最初の観察対象は王子だった。


授業が終わると、王子アルヴィンはすぐに別室へ移動する。


机の上には書類の山。


外交文書。

軍の報告。

国内の政治資料。


エルドは遠くからその様子を見ながら思う。


(学生……ではないな)


王子というより、すでに政治家だった。


暗殺は容易ではない。


だが、機会は必ずある。


エルドは静かに学園を調査し始めた。


次に観察したのは、王子の周囲の人間たちだった。


王子の側近候補——

いわゆる有力貴族の子息たち。


騎士候補のレオンは、毎日訓練場にいる。

魔導師カイルは研究室から出てこない。

商会の跡継ぎロイドは経済書を読んでいる。


エルドは腕を組んだ。


(……恋愛とかしないのか?)


普通の貴族学園なら、もっと華やかなはずだ。


だがここは妙に——


現実的だった。


その時、近くの学生の会話が耳に入る。


「ねえ、聞いた?」


「また令嬢が事件を防いだって」


エルドは眉をひそめた。


「令嬢?」


「セレフィーナ様よ。未来予知できるって噂」


「陰謀が全部外れるんだって」


エルドは小さく笑った。


(迷信だな)


そんな話を信じるほど、彼は甘くない。


だがその名前だけは、頭の片隅に残った。


その日の午後。


庭園で、エルドは初めて彼女を見た。


セレフィーナ・アストリア。


王国でも有名な公爵令嬢。


悪役令嬢と呼ばれる人物。


エルドは少し距離を置いて様子を観察する。


だが——


彼は眉をひそめた。


セレフィーナは、花壇の前にしゃがみ込み、真剣な顔で土を触っていた。


白い手袋を外し、指で土をすくう。


じっと見つめる。


メイドが困った顔で言う。


「お嬢様、授業の時間です」


セレフィーナは顔を上げない。


「この土、少し酸性ね」


「……は?」


「花の種類を変えないと」


メイドは完全に困っていた。


エルドは遠くからそれを見て、思う。


(……ただの変人か)


悪役令嬢。


未来予知。


そんな噂とは、あまりにかけ離れている。


それから数日。


エルドは学園の構造を調べた。


暗殺の可能性。


事故誘発。


毒物混入。


夜襲。


だが調査結果は妙だった。


事故が起きない。

予定が頻繁に変更される。

危険箇所が事前に修理される。


まるで——


何かが先回りしている。


エルドは報告書を書きながら呟く。


「……偶然が多すぎる」


その時だった。


庭園の小道を歩いていると、前からセレフィーナが来た。


彼女は立ち止まり、エルドを見る。


そして突然言った。


「そこ、踏まないで」


エルドは足を止めた。


「……?」


セレフィーナは地面を指差す。


「土が柔らかいの」


エルドが見ると、確かに土が沈んでいる。


もし踏んでいたら、足を取られて転んでいただろう。


セレフィーナは何事もないように言う。


「事故は嫌いなの」


それだけ言うと、彼女は歩き去った。


メイドが後ろを追う。


エルドはその場に立ち尽くした。


(……今のは)


偶然?


それとも——


彼はゆっくり振り返る。


遠ざかるセレフィーナの背中。


白いドレスが春風に揺れている。


エルドは小さく呟いた。


「……まさか」


未来予知など、あり得ない。


だが。


この学園では——


あり得ないことが、妙に多かった。


その夜。


寮の部屋でエルドは報告書を書く。


王子暗殺は困難。

学園の安全度は異常。

事故発生率が極端に低い。


そして最後に一行。


要注意人物


セレフィーナ・アストリア


理由。


偶然にしては出来すぎている。


エルドはペンを置き、窓の外を見た。


月が昇っている。


静かな夜。


だが彼は確信し始めていた。


この学園には——


何かがおかしい。


そして、その中心にいるのは。


あの。


土をいじっている令嬢だった。

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