第24話:隣国の陰謀 外交官が暗躍するが、なぜか成立しない事件
王都は、表面上は平和だった。
王城の白い塔は春の陽光を受けて輝き、街路では商人が声を張り上げ、貴族の馬車が静かに行き交う。
だが、その平和の裏で、静かに動く者たちがいる。
隣国ヴァルディア王国の外交使節団。
その中心にいる男――外交官レオン・ヴァルドは、王城の客室で静かに紅茶を飲んでいた。
対面には、王国宰相ガルデン。
彼の顔は、ここ数ヶ月ですっかりやつれている。
「今回の訪問は、友好の確認のためでして」
レオンは柔らかな笑顔を浮かべる。
「我が国としても、この王国の……“安定”を願っております」
その言葉の裏にある含みを、宰相は聞き逃さない。
安定――つまり。
不安定であってほしい、という意味だ。
宰相は無表情のまま紅茶を置いた。
「本国の王女殿下が学園に在籍されているとか」
「ええ」
「セレフィーナ様、でしたか」
レオンの目が、わずかに細くなる。
「非常に……興味深い方だと聞いております」
宰相の胃がきりきりと痛み出した。
(まただ)
この名前が出ると、なぜかろくなことが起きない。
「彼女が学園にいる限り、この国の政治は動きません」
宰相はぼそりと漏らす。
レオンは微笑んだ。
「ほう?」
「王子は彼女に夢中。貴族は様子見。陰謀はすべて失敗」
宰相は机を指で叩く。
「政治が完全に停止している」
「……」
「つまり――」
宰相は深く息を吐いた。
「非常に平和です」
レオンは数秒沈黙した。
それから静かに言う。
「では、もし……その平和が崩れたら?」
宰相は眉をひそめる。
「例えば」
レオンは紅茶を一口飲んだ。
「貴族派閥の衝突」
「学園での魔法事故」
「隣国との外交摩擦」
淡々と並べる。
「偶然が重なれば、王国は簡単に揺らぎます」
宰相は机を叩いた。
「偶然など起きません!」
レオンは微笑んだ。
「起こします」
その夜。
王都の裏通り。
レオンは黒い外套の男たちと密会していた。
「任務は三つ」
彼は静かに言う。
「貴族の対立を煽る」
「学園で事件を起こす」
「王子の評判を落とす」
男たちは頷く。
「簡単な仕事だ」
レオンは笑った。
「この国の陰謀は、あまりに下手だ」
だが――
翌朝。
学園。
セレフィーナは庭の花壇を見ていた。
「……ふむ」
しゃがみ込み、土を指で触る。
「この肥料、栄養過多ね」
近くにいた侍女が首をかしげる。
「そうなのですか?」
「ええ」
セレフィーナは静かに言った。
「少し配置を変えましょう」
数時間後。
学園の校舎。
黒い外套の男が、床板の下に魔法装置を仕掛けていた。
「これで爆発すれば、貴族の子息が数人――」
その瞬間。
彼は凍りついた。
床板の上に立っている人物に気づいたからだ。
セレフィーナ。
「……」
「……」
沈黙。
彼女は首を傾げた。
「そこ、花壇にする予定なのだけど」
「え?」
「危ないから、校舎前の屋台を全部移動させたの」
男は固まる。
「だから」
セレフィーナはにこりと笑った。
「爆発しても誰もいないわよ?」
男の顔から血の気が引いた。
その頃。
王城。
外交官レオンは報告書を読んでいた。
「……」
彼の眉がゆっくり寄る。
報告内容。
爆破計画:
人員ゼロ地点に変更
貴族対立煽動:
対象貴族が全員学園祭準備で仲良し
王子評判失墜:
王子が花壇作業を手伝い好感度上昇
レオンは沈黙した。
部下が震えながら言う。
「す、すべて……偶然です」
レオンはゆっくり椅子に背を預けた。
「偶然」
彼は窓の外を見る。
遠くに見える学園。
そこには一人の令嬢がいる。
土に触れながら、花を植える少女。
レオンは小さく呟いた。
「……本当に?」
その頃。
学園の庭。
セレフィーナは土を整えながら言った。
「この土、面白いわね」
王子が横で首をかしげる。
「何がです?」
「何かを埋めた跡があるの」
彼女は微笑んだ。
「でも、もう関係ないわ」
花を植える。
水をやる。
「ここ、花壇になるから」
土の下。
爆破装置は、静かに土に埋もれたままだった。
もちろん――
誰も知らない。
それが王国を救ったことを。
そして。
隣国の外交官は、まだ知らない。
この王国には。
すべての陰謀を無自覚に破壊する令嬢がいることを。




