第20話:暗殺者会議
――成功率0%
王都の裏通り。
夜が深くなるほど、人は減り、代わりに“職業の違う者たち”が動き始める。
その通りの奥に、古びた酒場があった。
看板は傾き、窓は煤けている。だが、扉の奥には普通の客が近づかない理由があった。
地下室。
分厚い扉の向こう。
丸いテーブルを囲み、四人の男が座っていた。
毒師。
狙撃手。
影潜り。
そして情報屋。
王国の裏社会でも名の通った暗殺者たちである。
だが、その場の空気は妙に重かった。
テーブルの中央に置かれているのは一枚の依頼書。
標的の名。
レディアナ・フォン・アルティス
公爵令嬢。
報酬は破格。
普通なら、奪い合いになる仕事だった。
しかし――
誰も口を開かない。
やがて、影潜りが静かに言った。
「……確認する」
紙を机に広げる。
「現在までの試行回数」
指で項目をなぞる。
「毒殺、三回。
落馬事故、二回。
階段転落、一回。
狙撃、一回。
誘拐、二回」
部屋に沈黙が落ちた。
「――全て失敗」
毒師が低く唸る。
「毒は完璧だった」
三日前。
公爵邸の茶会。
レディアナの紅茶に、彼は毒を入れた。
無色、無臭。検査でも検出不可能。
飲めば、三時間後に心臓が止まる。
完璧だった。
「だが、あの令嬢は紅茶を飲まなかった」
狙撃手が腕を組む。
「理由は?」
毒師は苦々しく答えた。
「“今日は気分ではないので”だそうだ」
沈黙。
狙撃手が続ける。
「俺の狙撃も同じだ」
百メートル。
風なし。
視界良好。
引き金に指をかけた、その瞬間。
「……突然しゃがんだ」
影潜りが眉をひそめる。
「理由は?」
「落ちた花を拾うためだ」
弾丸は背後の石壁を削った。
情報屋が資料をめくる。
「誘拐班の報告もある」
馬車襲撃。
計画は完璧だった。
だが。
「乗っていたのは替え玉だった」
本物のレディアナは、別の馬車に乗っていた。
理由。
情報屋が淡々と読み上げる。
「“今日はこの馬車は嫌な予感がします”」
テーブルの上に、静寂が広がった。
偶然。
普通ならそう言える。
だが。
これが一度ならまだしも、十回近く続いている。
影潜りが紙とペンを取り出した。
「計算する」
暗殺者にとって最も重要なもの。
成功率。
警備人数。
行動パターン。
逃走可能性。
それらをすべて書き込む。
毒師が黙って見ている。
狙撃手が腕を組む。
ペンが止まった。
影潜りはゆっくりと顔を上げた。
「結果」
誰もが息を潜める。
そして彼は言った。
「成功率――」
わずかな間。
「0%」
空気が凍った。
毒師が低く呟く。
「……あり得るのか」
狙撃手が首を振る。
「普通はない」
影潜りは紙を机に置いた。
「だが、この令嬢は例外だ」
彼は静かに続ける。
「行動が読めない」
「予定を外す」
「偶然で攻撃を回避する」
そして結論。
「この令嬢には――」
影潜りは言葉を区切った。
「死ぬ未来が存在しない」
その言葉は、暗殺者にとって最悪の評価だった。
沈黙。
やがて情報屋が口を開く。
「ただし」
別の紙を出す。
最近の行動記録。
「ここ数ヶ月、変化がある」
影潜りが目を細める。
「王子との接触増加」
「政治事件への関与」
「貴族派の陰謀への接近」
つまり。
レディアナは――
危険に近づいている。
狙撃手が言う。
「なぜだ」
影潜りは答える。
「簡単だ」
紙に一行書く。
“自分が死なないと知っている者の動き”
毒師が眉を上げる。
「未来予知か?」
影潜りは首を振る。
「断定はできない」
そして椅子から立ち上がる。
「だが結論は変わらない」
依頼書を手に取る。
そして蝋燭の火にかざした。
紙は静かに燃えた。
「この依頼は」
炎が揺れる。
「受注不可」
理由。
「成功率――」
灰が落ちる。
「0%」
暗殺者会議は終わった。
その頃。
王城の庭園。
レディアナは優雅に紅茶を飲んでいた。
侍女が言う。
「最近、妙に静かですね」
レディアナは首を傾げる。
「そうかしら?」
少し考えてから微笑んだ。
「たぶん」
カップを置く。
「暗殺者の方々が諦めたのでしょう」
侍女が目を丸くする。
「なぜ分かるのです?」
レディアナは軽く笑った。
「経験です」
だが彼女はまだ知らない。
この世界で唯一。
未来が読めない存在がいることを。
それは――
王子だった。




