第17話:誘拐計画
王立アストリア学園の裏には、小さな森がある。
整備された散歩道。
木漏れ日。
静かな小川。
生徒たちの人気の散策場所だった。
そしてその森の奥。
木陰に、数人の男たちが潜んでいた。
「……まだか」
低い声で言うのは、誘拐犯のリーダー。
部下が小声で答える。
「まだです」
彼らの目的は一つ。
セレフィーナ・ローゼンベルクの誘拐。
貴族派が計画した作戦だった。
王子アルヴィンに近い存在である彼女を捕らえれば、政治的な駆け引きに利用できる。
計画は単純。
森の散歩道を通るセレフィーナを襲う。
布袋。
拘束。
馬車で脱出。
完璧だった。
リーダーは地図を確認する。
「令嬢は必ずこの道を通る」
部下がうなずく。
「学園の散歩コースです」
「護衛は?」
「今日は騎士レオンが訓練で離れています」
絶好の機会。
リーダーは静かに言った。
「来た瞬間にやる」
男たちは木陰に身を潜めた。
森は静かだった。
鳥の声。
風の音。
そして。
時間が過ぎる。
十分。
三十分。
一時間。
部下が小声で言う。
「……来ませんね」
リーダーは腕を組む。
「来る」
さらに三十分。
まだ来ない。
部下がまた言う。
「本当に来るんですか?」
「散歩道だ。来る」
その時。
見張り役の男が戻ってきた。
「報告!」
「どうした」
「令嬢を発見しました」
男たちは緊張する。
リーダーが低く言う。
「どこだ」
「森の入口です」
「……入口?」
「はい」
リーダーは眉をひそめた。
「なぜ入ってこない」
見張り役は少し困った顔をする。
「それが……」
「何だ」
男は言った。
「キノコを採っています」
沈黙。
リーダー
「……何?」
男たちはこっそり森の入口を覗いた。
そこには確かにいた。
セレフィーナ・ローゼンベルク。
ドレスの裾を少し持ち上げ、しゃがみ込んでいる。
手には小さな籠。
そして。
地面を真剣な顔で見ていた。
「これは食用ですわね」
彼女はキノコを摘み取る。
籠に入れる。
隣には庭師の老人。
庭師が感心したように言う。
「詳しいですね令嬢」
セレフィーナは穏やかに微笑む。
「形と傘の色で分かります」
さらに別のキノコを見つける。
「こちらも」
籠の中に増えていく。
完全に
キノコ採取。
森の奥。
誘拐犯たちは固まっていた。
部下
「……森に入りません」
リーダー
「見れば分かる」
セレフィーナは夢中だった。
地面を見つめ。
葉をどけ。
新しいキノコを見つける。
「この湿り気、素晴らしいですわ」
庭師
「食べられるんですか?」
「ええ、とても良い出汁が出ます」
誘拐犯
「……」
問題は一つ。
入口から動かない。
部下が言う。
「入口でやりますか?」
リーダーは首を振る。
「無理だ」
理由は明白だった。
散歩する生徒。
通りかかる教師。
庭師。
人が多い。
誘拐には向かない。
部下がため息をつく。
「森に入れば……」
セレフィーナは新しいキノコを見つけていた。
「まあ、これは珍しいですわ」
籠はすでに半分ほど埋まっている。
その時。
新しい人物が現れた。
騎士レオン。
「令嬢」
セレフィーナが顔を上げる。
「あらレオン」
「何をしている」
「キノコ採取ですわ」
レオンは少し沈黙する。
「……森の入口で?」
「ここが一番生えています」
セレフィーナは地面を指す。
「この落ち葉の湿り気が良いのです」
レオンもしゃがみ込む。
「これは?」
「毒キノコです」
「なるほど」
完全に講義。
誘拐犯たちは頭を抱えた。
部下
「終わりました」
リーダーは深くため息をつく。
「撤退だ」
「え」
「この状況では無理だ」
男たちは静かに森を離れた。
作戦。
完全失敗。
その頃。
セレフィーナは籠を満足そうに見ていた。
「今日は豊作ですわ」
レオンが言う。
「そんなにどうする」
「料理に使います」
「令嬢が?」
「ええ」
セレフィーナは微笑んだ。
「秋の森は宝物庫ですもの」
遠くで。
誘拐犯たちは馬車に乗り込む。
部下が報告する。
「令嬢を捕まえられませんでした」
リーダーが聞く。
「理由は?」
部下は真顔で答えた。
「キノコ採取に夢中でした」
馬車の中は静まり返った。




