第12話:陰謀スタート
王都の北区。
古い貴族の館。
厚い扉が閉まり、部屋の中の空気が重く沈む。
長い机の周りに座るのは、王国でも指折りの旧貴族たちだった。
伯爵が低い声で言う。
「……王子が動き始めました」
別の男が鼻で笑う。
「税制改革だと」
「騎士団の再編だと」
机を指で叩く。
「我々の権力を削ぐ気だ」
部屋の奥。
最も年長の男がゆっくり口を開く。
大公だった。
「つまり」
静かな声。
「我々に従う気はない、ということだ」
沈黙。
誰も否定しない。
伯爵が言う。
「王子は学園に通っています」
「警備は宮廷より薄い」
別の貴族が頷く。
「事故に見せかければ」
「問題にはならない」
大公は目を閉じた。
少し考え、言う。
「排除する」
部屋の空気がさらに冷えた。
「方法は任せる」
伯爵が答える。
「準備は整っています」
「裏の組織を使います」
「影の手」
大公がゆっくり頷いた。
「期限は」
「学園祭まで」
それだけで会議は終わった。
王子アルヴィン暗殺計画。
静かに動き始めた。
その頃。
王立アストリア学園。
昼下がりの庭園。
第一王子アルヴィンは石畳の道を歩いていた。
横には騎士レオン。
レオンは周囲を見渡しながら言う。
「殿下」
「最近妙な気配があります」
アルヴィンは歩みを止めない。
「私も感じている」
短く答える。
「学園とは思えない」
レオンが眉をひそめた。
「警戒を強めます」
アルヴィンは頷いた。
だが、その視線はふと庭の奥へ向いた。
芝生の端。
誰かがしゃがんでいる。
金髪。
セレフィーナ・アストリアだった。
彼女はスコップで土を掘っている。
何かを観察。
また掘る。
レオンも気づいた。
「……また雑草ですか」
アルヴィンは静かに言う。
「らしい」
レオンは腕を組む。
「侯爵令嬢ですよね」
「そうだ」
「何をしているんでしょう」
アルヴィンは少し考えた。
そして言った。
「雑草だ」
レオンは黙った。
その頃。
女子寮。
ヒロインのミリアは机に突っ伏していた。
目の前にはノート。
びっしりと書かれている。
イベント一覧
階段イベント。
庭園遭遇。
騎士救出。
魔法事故。
全部。
未発生。
ミリアは頭を抱える。
「おかしい……」
この世界は乙女ゲームのはずだ。
彼女は確かに転生した。
記憶もある。
攻略対象もいる。
なのに。
イベントが起きない。
原因は一つしかない。
ミリアは呟いた。
「セレフィーナ……」
夜。
学園の外壁。
黒い影が屋根に立っていた。
暗殺者。
「影の手」の一員。
彼は庭園を見下ろしている。
視線の先。
石造りの通路。
明日の昼。
王子はここを通る。
暗殺者は準備していた。
屋根の端に置かれた大きな石。
支えを外せば落下する。
下には王子。
事故。
完璧だった。
暗殺者は満足そうに頷く。
「問題ない」
静かに呟いた。
翌日。
昼。
庭園。
暗殺者は屋根の上から通路を見ていた。
王子が来る。
時間通りだ。
あと数分。
その時。
暗殺者は気づいた。
庭の端。
誰かいる。
しゃがんでいる。
金髪の少女。
セレフィーナ。
暗殺者は眉をひそめた。
「……?」
彼女は通路の近くで地面を掘っている。
望遠魔具を取り出す。
レンズ越しに見えた。
セレフィーナが石を見つめている。
屋根の端。
暗殺装置の真下。
彼女は呟いた。
「この石」
少し持ち上げる。
暗殺者の背筋が凍る。
「邪魔ね」
石が動いた。
暗殺装置の位置がずれる。
完全に。
計画は崩れた。
セレフィーナは石を脇に置いた。
満足そうに頷く。
「これで水が流れるわ」
排水溝を確認する。
暗殺者は動けない。
屋根の上で呟く。
「……なんだあれは」
その時。
庭園の入口から王子が歩いてきた。
アルヴィン。
レオンも一緒だ。
だが。
石はもう落ちない。
暗殺は成立しない。
暗殺者はゆっくり後退した。
「……撤退」
影のように屋根から消える。
その頃。
セレフィーナは排水溝を見ていた。
水を流す。
流れが良くなっている。
満足そうに微笑む。
「やっぱり」
「石が原因だったのね」
遠くで王子が歩いている。
危険は消えている。
しかし。
セレフィーナは気づかない。
ただ静かに立ち上がる。
そして新しい雑草を見つけた。
「まぁ」
嬉しそうにしゃがむ。
その頃。
王都の館では。
貴族たちが報告を待っていた。
暗殺の結果を。
だが彼らはまだ知らない。
王子暗殺計画は。
雑草令嬢の排水改善で失敗したことを。




