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悪役令嬢セレフィーナ 乙女ゲームが始まらない  作者: 南蛇井


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第10話:暗殺ギルドの苦悩

王都の裏通り。

昼間でも薄暗い石造りの建物の奥に、暗殺者ギルドはあった。


机の上に一枚の依頼書が置かれる。


ギルドマスターはそれを指で叩いた。


「今回の仕事だ」


向かいに立つ男が依頼書を手に取る。

暗殺者クロウ。

黒い外套の男だ。


依頼書には簡潔に書かれていた。


対象

セレフィーナ・アストリア


「侯爵令嬢か」


クロウが言う。


「学園に通っている。事故死に見せろ」


ギルドマスターは椅子にもたれた。


「毒でも転落でもいい。簡単な仕事だ」


クロウは静かに頷いた。


「了解」


翌日。


王立アストリア学園。


庭園の茂みにクロウは潜んでいた。


花壇の横。

この場所は生徒の散歩路だ。


依頼書の補足にはこう書かれている。


ターゲットは毎日庭を散策する。


クロウは毒針を指の間で転がした。


「五秒で終わる」


予定では、ここを通り過ぎた瞬間に刺す。

そのまま歩き去る。


それだけの仕事だ。


しかし。


三十分。


一時間。


クロウは眉をひそめた。


「……来ない」


予定時刻は過ぎている。


クロウは慎重に茂みから顔を出した。


遠くに生徒たちが見える。

笑い声。

散歩。


だが。


ターゲットの姿がない。


「おかしい」


クロウは位置を変えた。


噴水前。

ここも通過ポイントのはずだ。


しかし。


来ない。


「……」


さらに三十分。


クロウは木の陰から庭の奥を見た。


そこでようやく、ターゲットを発見する。


セレフィーナ・アストリア。


長い金髪。

侯爵令嬢の制服。


だが。


彼女は通路にいなかった。


庭の端。

芝の境目。


しゃがんでいる。


クロウは目を細めた。


「……何をしている」


望遠魔具を取り出す。


レンズ越しに見えた光景。


セレフィーナは地面を掘っていた。


小さなスコップ。


真剣な顔。


「この根……深いわね」


クロウは黙った。


彼女は雑草を引き抜いた。


土を払う。


観察。


また掘る。


クロウは呟いた。


「……?」


一時間後。


彼女はまだ同じ場所にいた。


通路に来ない。


花壇にも来ない。


噴水にも来ない。


ずっと地面を見ている。


クロウは空を見上げた。


日が傾き始めている。


「……仕事にならん」


夜。


暗殺ギルド。


クロウは報告していた。


「ターゲットが予定の場所に来ません」


ギルドマスターが眉を上げる。


「どういう意味だ」


「花壇にも通路にも現れません」


「ではどこにいる」


クロウは少し間を置いた。


「庭の隅です」


「何をしている」


「雑草を抜いています」


沈黙。


ギルドマスターはゆっくり瞬きをした。


「……雑草?」


「はい」


「ずっとか」


「はい」


さらに沈黙。


その時、別の暗殺者が手を挙げた。


「私も報告があります」


ギルドマスターが見る。


「言え」


「昨日、同じターゲットを偵察しました」


「結果は」


「接触できませんでした」


「理由は」


「……地面を見ていました」


「?」


「虫です」


部屋が静まり返る。


「虫?」


「虫です」


ギルドマスターは額を押さえた。


「つまり」


クロウがまとめる。


「ターゲットは」


「庭の端で」


「雑草と虫を観察しています」


長い沈黙。


誰も何も言わない。


ギルドマスターが低く言った。


「……もう一度偵察しろ」


翌日。


クロウは再び庭に潜んでいた。


そして見つけた。


セレフィーナ。


今日も同じ場所。


しゃがんでいる。


クロウは静かに接近した。


草を踏まないように。

影を使う。


距離五歩。


毒針を出す。


三歩。


二歩。


その時。


セレフィーナが振り向いた。


クロウは固まる。


しかし。


彼女はクロウを見ていなかった。


彼の背後。


「まぁ」


セレフィーナの目が輝く。


「珍しい虫」


クロウは動けない。


「動かないでください」


彼女が言う。


クロウの手が止まる。


「逃げちゃうわ」


クロウは人生で初めて言葉を失った。


セレフィーナはクロウの肩越しに虫を見ている。


「羽の模様が綺麗ね」


しばらく観察したあと、彼女は満足そうに頷いた。


「ありがとう」


クロウを見て微笑む。


「おかげで近くで見られたわ」


クロウは何も言えなかった。


彼女はそのまま去っていく。


毒針はまだクロウの指にある。


しかし。


刺す機会はなかった。


クロウは空を見た。


「……無理だ」


その夜。


ギルド。


クロウが報告する。


「結論を言います」


ギルドマスターが頷く。


「言え」


クロウは真顔で言った。


「暗殺タイミングが存在しません」


沈黙。


「理由」


「彼女は」


クロウはため息をついた。


「雑草と虫しか見ていません」


長い沈黙のあと。


ギルドマスターは言った。


「……この依頼」


机を指で叩く。


「保留だ」


同じ頃。


学園の庭。


セレフィーナはしゃがんでいた。


小さな虫を指で追う。


「この子」


微笑む。


「雑草を食べないのね」


満足そうに頷いた。


「いい子だわ」


王国では今。


王子が調査を始め。

宰相が警戒し。

暗殺ギルドが頭を抱えている。


しかし。


当の本人は。


今日も雑草を抜いていた。

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