第596話 隆ちゃんと武市くん
「神木くーん!」
講義を終えた後、大学の廊下を歩いていた飛鳥に、誰かが声をかけてきた。
振り向き、相手を確認すれば、そこにいたのは、大河と隆臣で、飛鳥は明るく声をかける。
「お疲れ様! 今日はもう終わり?」
「はい! 俺は終わりましたー!」
「俺は、あと一コマだけ受けて帰る」
「そうなんだ」
大河の後に隆臣が答え、飛鳥は、普段通りの二人に、自然と頬を緩ませた。
大学に来て早々、飛鳥は学生たちの取り囲まれ、大変な一日を過ごした。
だが、注目を集めたのを利用し、はっきりと釘を刺せしたおかげか、夕方になる今は、ある程度、うわさも落ち着きつつあった。
だからか、こうして取り囲まれることなく、隆臣たちと会話ができるのは、噂が終息に向かってる証でもあるのだろう。
「噂、落ち着きそうでよかったな」
「うん。朝から、入れ替わり立ち代り大変だったよ。隆ちゃん達は、大丈夫だった? ごめんね、迷惑かけて」
「別に迷惑じゃない。言わないって言えば、あっさり引いていったし、お前が威嚇してからは、ビビって話しかけてすらこなったぞ」
「それは、よかった♡」
飛鳥が、ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべる。
どうやら、威嚇した自覚はあるのか『よかった♡』という笑顔が、どこか小悪魔的であるのは、気のせいではないだろう。
「そうだ、神木くん! 俺、神木くんに、ずっとおめでとうをいいたかったんです!」
「え?」
すると、今度は大河が声を上げ、飛鳥は、目を瞬かせた。
『おめでとう』とは、あかりとのことを言っているのだろう。
すると飛鳥は、少し照れながら
「ありがとう。でも、ちょっと恥ずかしいね」
「はぁぁぁぁぁ! 恥ずかしがる神木くんも最高だぁぁぁ!! なんて麗しいぃぃぃぃ!!」
「うん、武市くんってホント変わらないよね」
だが、相変わらずの信者っぷりを見て、飛鳥は苦笑いを浮かべる。
毎度の事ながら、テンションが高すぎる!
なにより、大河だけは、出会った時から何も変わらないのだ!
「武市くん、いい加減、目を覚まそうよ? 俺、ただの一般人だよ」
「一般人だとしても、俺にとって人生をかけるに値する推しなんです!! あぁ、同じ時代に生まれてきてよかったぁぁぁ!!」
そして『神木くんと同い年に産んでくれて、ありがとう!』と、自分の母親にすら感謝する大河の盲信ぷりは、相変わらずだった。
そして、ついには──
「そうだ、神木くん! 俺は結婚式に呼んでいただけるのでしょうか!?」
「は??」
瞬間、予想外の言葉が飛び出して、飛鳥は、きょとんと目を瞬かせた。
け、結婚式!?
「いや、いくなんでも、早過ぎない?」
「でも、婚約したってことは、結婚するってことですよね!? そして、結婚するなら、やっぱり、結婚式はあげますよね!? というか、あげてほしい! そして見たい! ぜひとも参列したい!! 神木くんの、いや! お二人の晴れ姿をこの目に焼き付けられるなんて!!? あぁああああああ、想像しただけでも、天国に上りそう!! でも、俺が神木くんの結婚式に呼ばれるに相応しい人間かどうかと考えたら、全く自信がなくてぇぇぇぇ」
「うん、呼ぶよ! 呼ぶから、ちょっと黙って」
廊下で盛大に叫ぶ大河を、飛鳥が慌てて宥める。
流石に、うるさすぎて迷惑だ!
(でも、呼ぶのは構わないけど、結婚するのは、あかりが大学を卒業した後だろうし)
もちろん、すぐにでも結婚はしたいが、お互いに学生だし、まだ先の話。それに──
「武市くん、言っとくけど、結婚するのは、まだ先の話だよ。俺たち、まだ学生だし。それに俺まだ、相手の家族に、ちゃんとした挨拶もできてないし」
「あぁ、そういや、母親と弟にはあってるが、父親にはあってないんだよな?」
すると、隆臣が口を挟み
「うん。隆ちゃんちの喫茶店で、稜子さんと理久くんとは話てるけど、お父さんはいなかったから。でも、やっぱり、父親に会うことを考えたら、緊張するね」
「まぁ、娘さんを貰う身としては、一番の難関だろうからな」
「大丈夫ですよ! 神木くんなら、きっと父親とも仲良くなれますよ!」
「そうかな? てか、仲良くなるには、どうすればいいんだろう? やっぱり、あれかな。お酒飲みながら、語り合うみたいね?」
「!?」
だが、その言葉に、隆臣は眉をひそめた。
お酒を飲みながら、語り合う!?
それは、絶対にやめた方がいい!!
だが、顔を青くする隆臣をよそに、大河が
「なるほど! 酒の力を借りて悩殺するわけですね!?」
「何言ってんだ、大河!? 親を悩殺してどうする!? いいか飛鳥、それだけは絶対にやめとけ! お前は、酒に弱いんだから!」
「いや、弱くないよ。眠くなるだけだし」
「眠ってねーよ!?」
記憶がない間、ただ寝てるだけだと思ってるのか、コイツは!?
その間、俺がどれだけ苦労しているか──
「とにかく悪いことは言わないから、誘われたら飲めないって言って、断れ!」
「いや、お義父さんに飲もうって言われたら、断らないでしょ、普通! 本当に、飲めないならともかく、嘘ついてどうするの?」
「う……まぁ、確かにそうだな?」
飛鳥の言葉が、正論過ぎて、隆臣は言葉を噤んだ。
確かに、長い付き合いになる義父に『飲めない』と、嘘をつくのは、いかがなものか?
だが、あの無防備すぎる上に、一切毒気のない魅惑的な飛鳥を、あかりさんの親がみたら、何をおもうだろう?
すると、そこに大河が
「そうだ! 今度、うちに来てお祝いしませんか!?」
「「はい?」」
瞬間、ピントのズレた発言をする大河に、隆臣と飛鳥は首を傾げた。
「大河、お前。いきなり何だ?」
「お祝いって、俺の?」
「そうですよ。神木くんのお祝いです! だから、また橘と3人で集まって、一晩飲みあかしましょう! そして、神木くんがお義父さんの前で、失敗しないよう、特訓すればいいのでは!?」
「あぁ、確かに俺たちにできることといえば、酒に飲まれないよう、飛鳥を特訓することだけだな?」
「特訓ってなに!!?」
二人から、特訓が必要と言われ驚く飛鳥を中心に、3人は飲み会の話で盛り上がった。
男同士の飲み会は、家族で行ったお祝いより、また違った味わいがあるだろう。
すると、それからしばらくして
「あ、俺、そろそろ講義の時間だ」
「俺もバイトいかないと! じゃぁ、神木くん、また連絡するので、いつがいいか考えといてくださいねー!」
「うん、またねー」
そう言って、賑やかにさっていく隆臣と大河を見送ったあと、飛鳥は一人、あかりの元へと向かった。
昼間LIMEをした時に、あかりに連絡をし、大丈夫なのは確認しているが、できれば、しっかり顔を見て確認したかった。
というか、今日は一日大変だったので、会いたくなったと言ったほうがいいかもしれない。
あかりの傍にいると、疲れた心が、自然と癒されるように感じたから。
(あ、でも、突然行ったら驚くかな?)
だが、何の連絡もなしに行くのは、マズイか……と、飛鳥は、念の為、スマホを取り出しメッセージを送った。
【今から、会いに行ってもいい?】
そんなシンプルな言葉。
すると、すぐに既読がついて
【いいですよ】
と、可愛らしい猫のスタンプつきで返事が返ってきた。
少し前まで、LIMEは、いつも一方通行だった。
だからか、こうして返事があることが嬉して、飛鳥は、自然と笑みを浮かべた。
その後、そよそよと風に吹かれながら、飛鳥は、あかりのアパートへ向かう。
夕方四時をすぎ、だんだんと日が沈んでいく時間帯。だが、その道中で、飛鳥は見知った男と出会した。
「げ! 神木くん!?」
「こんにちは、大野さん」
それは、あかりの隣に住んでいる住人、大野だっだ。




