第594話 大学と混乱
キラキラと光る金色の髪が、まるで蝶のように舞い踊る。
ひらひら、さらさらと、風にふかれて美しく揺れる姿は、人々の視線を自然と引き付け、同時に胸の奥に刻み付けた。
いつ見ても、何度見ても目を奪われる容姿。
それは、決して飽きることなく、それでいて忘れることすらできない美しさで、その芸術性の高さは、もはや人とは思えないほど。
そして、双子が学校に行き始めてから、早二週間。
高校より遅れて授業が始まる桜聖福祉大学では、その金色にゆらめく蝶を、多くの人々が追いかけていた。
大学の門を通る時も、校内の廊下を歩く時も、そして、授業前の講義室の中ですら、その蝶の周りには人だかりができる。
そう、もはや大学中の関心、いや、街中の関心が、今やその蝶──神木 飛鳥に向かっているのだ。
「神木くん。好きな人ができたって本当なの!?」
「スゲー噂になってるぞ!?」
久しぶりに会えた飛鳥を取り囲み、仲のいい生徒たちが興味津々で問いかける。
それは、男子や女子だけでなく、先生にも声をかけられるくらいで、きっと真相を聞きたくて、うずうずしていたのだろう。
とはいえ、流石に二週間も経てば、噂も落ち着くと思っていた。
だが、大学が始まったたことで、その噂は再び加熱したようで、飛鳥は『全く変わらないな』と、どこか他人事のように思っていた。
(芸能人でもないのに、なんで、こんな騒ぎになるのかな?)
いや、芸能人でも、ここまではないだろう。
だが、全く心当たりがないわけではなかった。
飛鳥は、幼稚園の頃から数えきれないほど告白をされてきた。
そして、その告白を軒並み断り続けてきたからこそ、今になって、そのツケが回ってきたのだろう。
フった相手が多すぎたの災いしたのか、そのフった人々を中心に噂が拡散され、こんな状態をなっていた。
きっと、自分が選ばれなかったからこそ、選ばれた相手が、どんな人か気になって仕方ないのだろう。
だが、原因が自分にあるにせよ、モテてしまうのは仕方のないことだし、飛鳥は丁重にお断りしただけで何も悪くはない。
むしろ、これだけモテなくっておきながら女遊びに移行しなかったのは、飛鳥が極めて真面目な人間だったからだろう。
「いるよ、好きな人」
すると、真意を問いただす生徒たちに向かって、飛鳥が平然と答えた。
柔らかな笑みを浮かべ、決して隠すことなく──
すると、その場にいた生徒が、一斉に悲鳴をあげる。
「ぎゃぁぁぁぁ!! マジで!?」
「本当にいるの!?」
「じゃぁ、あの噂、デマじゃなかったんだ!」
夏祭りの話は拡散に拡散を重ね、中には『悪質なデマではないか?』という噂まで立っていた。
それだけ、今の飛鳥に好きな人がいると思えなかった。
だが、それはデマではなく真実らしい。
なぜなら、直接本人から聞いてしまったからだ。
ハッキリと『好きな人がいる』と──
「じゃぁ、今、神木くんには、付き合っている人がいるってこと?」
「うん、いるよ」
「いや、いるって、お前! そんな軽い返事するなよ!? 事件だぞ、これは!?」
「何が事件だよ」
人に恋人がいることを、事件扱いしないでほしい。
だが、これだけ騒ぎになっていれば、ある意味、事件なのだろうか?
そして、飛鳥が付き合ってると言ったからか、その話は、更にヒートアップしていく。
「それで? その相手は誰なんだよ!?」
「桜聖大にいる子!?」
級友たちの視線が、キラリと光る。
その眼差しは真剣そのもので、よって集って質問されると、まるで警察に尋問でもされてるみたいだった。
だが、飛鳥は、決して臆することなく
「言わないよ」
「えー、なんでだよ!? 気になるじゃん!」
「そうだよ! 私なんて夜も眠れないくらいなんだから!」
「頼む、神木! せめて年齢だけでも、いや、性別だけでもいい!!」
「なんで《《性別》》?」
ここで、女の子だと断定されないのは、自分の容姿が女みたいだからか?
選択肢の中に、まさか男性が組み込まれるとは。
だが、実際に男に告白されたこともあるし、仲が良すぎるせいで、隆臣と付き合ってるという噂が流れたこともあった。
なにより、ここではぐらかせば、また勝手な憶測が飛び交い、隆臣と付き合ってることにされそう!
そんなわけで、飛鳥は、性別ぐらいはハッキリさせておこうと、あかりについて一つだけ暴露する。
「性別は女の子だよ」
「女の子!? やっぱり可愛い!?」
「うん、可愛い」
「マジか!? じゃぁ年齢は!? 年上、年下!?」
「ダメだよ、これ以上は言わない」
「「ええぇぇぇ!!?」」
断固と教えないと飛鳥に、みんなして頭を抱えた。だが、隠されれば、隠されるほど気になる!
しかし、そんな中、一人の女子生徒が
「ふふふ、甘いなー、神木くんは」
「え、甘い? 俺が?」
「うん。いくら神木くんが隠したとしても、バレるのは、時間の問題だと思う!」
「………」
どこか意味深な言葉を発し、飛鳥を見つめる女子生徒。
そして、その口ぶりがあまりにも自信満々だったため、飛鳥は、その理由を素直に問いかけた。どこか意味深な言葉を発し、飛鳥を見つめる。
「どういう意味?」
「だって、こんなに綺麗で人気者の神木くんと付き合ってるんだよ? 絶対、女の方が、我慢できずに言いふらしちゃうよ!」
「………」
それら、女の方からバレると言いたいようだった。
確かに、言いふらしたくなる心理はわかる。
飛鳥ほどのイケメンと付き合ったとなれば、自慢したくもなる。
だが──
「ふふ」
瞬間、飛鳥がくすくすと笑い出し、女子生徒は首を傾げる。
「か、神木くん?」
「いや、ごめん。ちょっと可笑しくて」
「おかしい?」
「うん。確かに、そう考える気持ちもわからなくはないけど、あいにく俺の彼女は、俺をアクセサリーみたいに見せびらかしたい子じゃないんだよね」
あかりは、大学の中では、一切話しかけるなと言うような変わった子で、俺と仲がいいことですら、自慢の対象にしなかった。
きっとあかりにとって、俺は優越感に浸るためのアクセサリーじゃないのだろう。
そして、そんな些細な愛情に気づく度に、飛鳥は嬉しくなって、愛おしいそうに目を細めた。
(あかりになら、自慢されてもいいんだけどなぁ…)
むしろ、俺の彼女と言いふらしてくれても構わないのに、あかりは、そんなこと考えもしないのだろう。
そして、そんなあかりの行動があまりにも愛おしくて、自然と頬が緩んだ。
あかりのことを考えていると、不思議と心が温かくなる。
そして、そんな飛鳥の表情が、いつになく綺麗で、その場にいた生徒たちは、ズキュンと胸を射抜かれた。
(な、なんか神木くん、雰囲気変わった?)
(彼女のこと考えてるのかな? 凄く幸せそう…っ)
(神木、なんて顔するんだよ! 惚れちまうだろうが?!)
気を抜けば好きになってそうで、男子女子問わず、バクバクと波打つ心臓を必死に押える。
だが、こうなると本気で気になってくる!
こんなにも魅力的な男を射止めた女は、一体誰なのかと!?
「あ、そうだ。一応、言っとくけど、俺の彼女に、妙なことしたら許さないからね」
「え?」
だが、その瞬間、にっこりと天使のような笑みを浮かべながら、飛鳥が低めの声を発した。
「ゆ、許さない?」
「うん。だって俺、何度も何度もフラれて、やっと付き合ってもらえたんだよ。それなのに、みんなが余計なことして、またフラれたら、どう責任とってくれんの? だから、絶対に俺の彼女を、困らせたり泣かせたりしないでね?」
顔は笑顔。だが、決して笑っているとは言えない瞳で見つめられた。
その圧は凄まじく、その場にいた人々は、すくさま確信する。
あ、これは、本気の警告だ──と。
「だ、だだ、大丈夫だって! 俺、神木の彼女には、一切、近づねーから!」
「そうだよ! 私たちみんな神木くんの幸せを願ってるから!」
「つーか、神木を何度もふってるって、どんな女だよ?! 神様か!? それとも王族なのか!?」
「なんで、そうなるの。普通の女の子だよ」
そう、俺にとっては、普通の女の子。
優しくて、意地っ張りで、とっても繊細で、強さと弱さを併せ持った愛らしい女の子。
(あかりは、もう大学に来てるかな?)
そして、ふとあかりのことを考え、飛鳥はまた微笑む。
昨日、電話した時、あかりも今日から大学に行くと言っていた。
だが、この状況を見て、脅えてはないだろうか?
一応、忠告したとはいえ、心配になった飛鳥は──
(大学が終わったら、あかりの家に行ってみようかな?)
*
*
*
──ガヤガヤ、ザワザワ。
その講義室の中では、当然のごとく、ある人物の話題で盛り上がっていた。
「ねぇ、聞いたー。神木先輩に恋人ができたらしいって」
「聞いた、聞いた。夏祭りで告白したんでしょ?」
「違うよ。告白されて、結婚を考えてる彼女がいるから無理って、断ったんだよ」
「ねぇ、マジで彼女いるの?」
「ショックー!」
「相手、どんな女?」
「それが、さっぱり分からなくてさー。でも、前に一緒に歩いてた髪の長い女があやしいっていわれてる」
「……………」
講義室の中、席についたあかりは、すぐ近くから聞こえてくる会話を、脅えながら聞いていた。
きっと、飛鳥のファンなのだろう。
朝から、ずっとその話をしている。
というか、隣のグループだけでなく、みんなして噂してる!
そう、あっちでも!こっちでも!
至る所で、飛鳥の想い人を探しているのだ!
(相変わらず、すごい人気……バレたら、確実に殺される……!)
これは、一刻も早く、護身術をマスターしなくては!!
あかりは気合いを入れつつも、目立たぬよう気配を消す。
「あかりー、おはよう!」
だが、その瞬間、安藤が声をかけてきた。
久しぶりに会った安藤は、あかりの隣に腰掛けながら
「大学はじまったねー、元気だった?」
「う……うん」
いつも通り気さくに話しかけてきた安藤は、普段となにも変わらず、あかりはホッとしつつ、ずっと気にしていたことを謝った。
「ねぇ、安藤さん」
「ん?」
「この前のLIME、返信できなくてゴメンね?」




