第592話 高校と噂話
9月某日──
夏の暑さが、わずかに落ち着き出した頃、神木家の双子の弟妹は、いつも通り学校に行っていた。
二学期が始まり、早二週間。
体育祭の練習や準備などで忙しくなる中、双子は、別の意味でも忙しかった。
「だから、知らないって!」
昼食時間、お弁当を食べていた蓮が、不機嫌そうに叫んだ。
そして、そんな蓮の周りには、数人の男子生徒が群がっていた。
学校が始まってから、毎日のようにこの状態なのだ。
特に休み時間には、ひっきりなしに誰かがやってきて、その話を持ちかけられる。
そう、蓮の兄──神木 飛鳥の想い人についてだ。
「何度、来ても同じだって! 兄貴の好きな人のことは知らない」
「いや、絶対ウソだろ! 蓮なら、きっと知ってるはずだ!」
「頼むよー、蓮! うちの姉ちゃん、ショックで寝込んじゃってさー。このままじゃ、引きこもりになっちまうよー」
クラスの男子たちが、助けてくれと言わんばかりに、蓮に泣きつく。
どうやら、兄が衝撃的な告白をしたせいで、双子のクラスメイトたちの周りで、大量の失恋者が出ているようだった。
そして、その失恋をした姉や妹にせがまれたのか、飛鳥の想い人が誰なのかを、こうして兄弟たちが探りにくるのだ。
(兄貴、昔から告白ばっかりされてたけたけど、あれでも極一部だったのかな?)
極一部にしては多い気がするが、夏祭りの日、長年の想いをうちあけた小松田さんのように、告白すらできず、何年も片思いを続けていた人が、たくさんいたのかもしれない。
だが、今さら遅いのだ。
どんなに好きだったとしても、何年思いをよせていたとしても、兄には、もう心に決めた人がいるのだから──…
「お姉さんのことは心配だろうけどさ、今更どうしようもないじゃん。だいたい、うちの兄貴の好きな人を調べてどうすんの? それで、山田の姉ちゃんは立ち直るの?」
「知らねーよ。でも、聞いてこいって言われたんだってー」
「あれだよ、きっと! 相手が国宝級の美女だったら、諦めもつくみたいな?!」
(国宝級の美女!?)
なんつー、ハードルの上げ方をするんだ!?
つまり、美女だったら、自分には勝ち目がないから、諦められると?!
(自分勝手すぎる……!)
だが、あれほどまでに顔面偏差値の高い兄なのだ。
美人すぎるが故に、相手の女性にも同じくらいの美貌を求めてしまうのかもしれない。
だが、兄と同じくらい《《顔のいい女子》》なんて、滅多にいないだろう!
血縁であるミサさんやエレナちゃんならともかく、あのレベルの美女しか恋人になれないのだとしたら、兄は一生、独身を貫くことになるだろう。
なにより、この話を、あかりさんが聞いたら、震え上がりそうだ!
「邪魔するなよ」
「え?」
「兄貴が本気で好きになった人なんだから、これ以上、騒ぎを大きくして、二人の仲を壊すようなことは絶対しないでほしい!!」
蓮が真面目な顔で言い放つ。
せっかく兄の恋が実ったのに、外野に心無いことを言われて、あかりさんが気に病んでしまったら、どうするつもりなのか?!
「それに、兄貴、怒ると怖いから、マジで詮索しない方がいいって! だいたい、山田の姉ちゃんは、うちの兄貴と話したことすらないんだろ? なんの行動もぜず、ただ見てるだけで、うちの兄貴と両想いになれるわけないじゃん!」
「うわぁぁぁ、やめろぉぉ! それは、正論すぎる!? わかってるんだよ、俺だって! 後悔するくらいなら、早く告ってフラれとけばよかったのにって! あぁぁぁ、もう姉貴の馬鹿野郎~!!」
まさに、後悔先に立たず。阿鼻叫喚する山田を見つめながら、蓮は、ため息をつく。
姉に振り回される弟の姿が、なんとも哀れだ。
しかし、分かっていたとはいえ、やはりうちの兄の人気は、すごいと思った。
凄すぎて、この騒動が、いつまで続くのか検討すらつかない。
(……華は、大丈夫かな?)
そして、騒がしい外野をあしらいながら、蓮は華のことを考える。
クラスが違うから、華が、今どうしているのかはわからない。
だが、同じように落ち着かない毎日を送っているのは明らかだ。
蓮は、兄が作ってくれた、お弁当をみつめながら
(華のやつ……ちゃんと弁当、食えてるといいな?)
*
*
*
「中村。なんで、一人で食ってるんだ?」
2年D組にて──
教室で一人でお弁当を食べている中村 葉月に、榊 航太が声をかけた。
学校が始まってからというもの、葉月と華の周りには、よく人だかりができていた。
理由は、もちろん、飛鳥の想い人についてだ。
前に、飛鳥が、お弁当を届けにきて以来、華と蓮には、それはそれは美しい兄がいるということが、学校中に知れ渡ってしまった。
それもあってか、例の噂はすぐに広まり、今は、毎日のように誰かがその話をしている。
きっと、みんな気になって仕方ないのだろう。
あれほどまでに美しい人を射止めた相手が、一体、どんな人なのか?
とはいえ、ここ数日、クラスの中は穏やかなものだった。
でもそれは、華が、このクラスにいないからかもしれない。
「神木(華)と喧嘩でもしたのか?」
一人きりで食べる葉月に向かって、航太が追加で問いかけた、すると葉月は、呆れながら
「そんなわけないじゃん。華が『私と一緒だと、ゆっくり食べられないから、しばらくは別々に食べよう』って。だから今は、一人で食べてるの」
「あぁ、それで」
どうやら友人を気遣って、華は、身をくらませたらしい。
相変わらず優しいな──と感心しつつ、航太は華のことを心配する。
「毎日これだと、流石にきついよな?」
「多少は落ち着いたけどね。でも一部、しつこい奴らがいるんだよ。私が、注意しても全く聞かないし」
「え? 中村が言っても?」
「うん、話、まったく聞く気がないっていうか……榊の方は大丈夫? 弟くんから聞いてると思うけど、(あかりさんのことは)絶対に言っちゃダメだからね」
「分かってるよ。蓮たちがあんなの逃げ回って頑張ってんのに、俺たちが足を引っ張るわけにはいかないし」
夏祭りを一緒に過ごしたため、航太と葉月は、飛鳥とあかりのことを知っていた。
そして、二人が付き合ったことも、後から双子に教えてもらったが、あかりが自分の身を守れるようになるまでは秘密にしようということで、航太たちもその指示にしっかり従っていた。
「ねー! 神木さん、どこに行ったか知らない!?」
「知らないよー」
すると、その瞬間、隣のクラスの女子たちが、また華を探しにきた。
休み時間のたびに、誰かしら華を探しに来て、その光景に、航太はため息をつく。
「神木……今、どこにいるんだろう?」
ボソリと呟けば、葉月は航太だけに聞こえるように
「屋上か、美術室か、裏庭あたりを日替わりで転々としてるみたいよ? 気になるなら、探しに行ってみれば?」
「…………」
コソリと耳打ちされ、いてもたってもいられなくなった航太は、その後、教室を出て、華を探しに行くことにした。
*
*
*
一方、兄のファンたちから逃げ隠れしている華は、屋上に続く扉の前で、一人でお弁当を食べていた。
階段にポツンと座り、兄が作ってくれたお弁当を黙々と食べる。
静かで、穏やかな時間。
だが、いつもは葉月が一緒だからか、話し相手がいない食事は、なんとも寂しいものだった。
「ごちそうさまでしたー」
その後、お弁当を食べ終わった華は、パン!と手を合わせた。
やっぱり、兄のお弁当は美味しい。
最近は自分で作ることも増えたが、どんなに頑張っても、自分で作ったお弁当よりも、兄が作ってくれたお弁当の方が、何倍も美味しく感じるのだ。
(お弁当を作ってもらえるって、すごく、ありがたいことだったんだなぁ……)
自分で作るようになってから、お弁当を作って貰えるありがたみを知った。
だが、兄と暮らせるのは、後どのくらいだろう?
兄のお弁当や手料理を、あの家で食べられるのは、一体、いつまで?
(ちょっと、寂しいな……?)
あの家から、大好きな兄がいなくなる。
それを考えたら、ちょっぴり寂しい。
だけど、寂しいけど、悲しくはない。
少し前まで感じていた不安は、全部、消し飛んだ。
だって、何も変わらないのだ。
どんなに離れたとしても
お兄ちゃんは、ずっと、ずっと
私たちの、お兄ちゃんだから──…
「うーん、私も将来のこと真面目に考えないとなー。蓮なんて海外留学するなんて言い出すし!」
背伸びをしながら、華は将来のことを考える。
いつか私と蓮も、あの家を出てくのかな?
大人になって──…
でも、私は、どんな大人になりたいんだろう?
どんな学校に行って、どんな仕事について、どんな未来を歩みたいのだろう?
「うーん……まだよくわからないなー」
今の世の中は『自分らしく』生きられる世の中になりつつある。
世間から『普通』と言われるレールがなくなりつつあって、みんな自由に、自分の未来を選択できる。
でも、選択肢が増えるということは、同時に悩みも増えるということ。
『普通』という目標がなくなれば、その目標を、今度は自分で作っていかなくてはならない。
だけど、私はまだ自分らしさが、よくわからない。
「……私らしさって、なんだろう?」
私は、何が好きで、将来、何になりたい?
それがわからなければ、どんな目標を敷けばいいのか分からない。
でも、分からないのは、当然だ。
自分らしさは、きっと様々な経験して、失敗を繰り返しながら分かっていくもので、経験に乏しい私に分かるわけがない。
蓮に言われた通り、私は外に、全く目を向けていなかったから。
だから、私はまだ、自分らしさを見つけている途中なのかもしれない。
「色々、経験をして、ゆっくり探していかなきゃね?」
その後、空のお弁当を手にしてた華は、階段をトントンと軽やかに降りていく。
未来の自分なんて、まだ想像がつかない。
でも、大丈夫な気がした。
だって──
「あー、見つけた!」
「ひぇ!?」
だが、その瞬間、どこからが声が聞こえた。
階段を降りきったあと、華が声がした方を見れば、そこには、毎日のように突撃してくる女子たちがいた。
(げっ! 見つかった!)
捕まったら面倒なことになる──そう確信した華は、女子達とは反対の方向へ、猛ダッシュで走り出した。
廊下を走ってはいけないのは、百も承知だ。しかし、こればかりは、どうしようもない!
「ちょ、早! 待ってよ、神木さん!!」
「今日こそ教えてもらうからね!」
「ムリだよー! 本当に、知らないんだって!」
「いや、絶対、知ってるでしょう!?」
背後から叫ぶ女子たちは、全く諦めていなかった。
華は、知らぬ存ぜぬを貫くのだが、どうやら嘘がバレているのか、しつこく追いかけてくる!
そしてそれは、女子たちをまくため廊下を曲がった瞬間だった。
──ドン!
「きゃ!」
背後に気をとられていたたむ、出会い頭に誰かとぶつかった。
「あ、ごめんなさ──」
顔を上げ、華はぶつかった相手に素直に謝る。だが、そこいたのは、見知った顔の男の子だった。
「さ、榊くん……っ」
近い距離で目が合ったのは、同じクラスの榊 航太だった。
そして、距離が近すぎることに気づいて、二人は同時に狼狽え始めた。
だが、その瞬間──
「そこ曲がったよ!」
「神木さん、待ってー!」
「「!?」」
追いかけてきた女子たちの声が聞こえて、華は再び顔を青くする。
(ど、どうしよう、つかまっちゃう!)
「神木、こっち」
「──え?」
だが、その瞬間、航太に手を取られた。
キュッと華の手を握り走り出した航太は、華が捕まらないように、助けようとしているのが分かって、華は目を見開いた。
「……っ」
触れた手よりも、なぜか心臓の方が熱い。
なにより、その後ろ姿が、とても頼もしくて、華は自分でも驚くくらい赤くなってしまった。




