剣は折れ、街は落ちる
「おおっと、頭を忘れるところだった。うっかりさんだなあ」
鎧の軽口が聞える。だが、アイリスとテリウスの脳はその声を認識していない。
目の前にある友人の死体から目が離れない。
「親しい人の死は思考を奪う。喪失感を与える。そしてその穴を埋めるように憎しみが生れる。そして判断力は奪われる。もしくは認めない。現実から目をそらす。君達はどっちかな?」
鎧の問いは届いているのだろうか?冑に隠れたアイリスの表情は見えない。テリウスはというと憎しみを糧にするタイプ、つまり前者だった。
「よくもシックザールを!よくもよくも!」
「死亡フラグが折れたからいいのでは?」
「黙れ!」
咆哮に近い絶叫。だが、攻撃パターンは単調でフェイントや緩急をつけるような動作は消えていた。
怒りにまかせた一撃。それは強力でもあるが欠点も抱えている。
鎧によって力を受け流されバランスを崩す。そして尻もちを着く。
「ヒップドロップをしても土煙りは出ないよ?」
「うるさい!」
テリウスの顔には鬼気迫るものがあった。テリウスの実力を底上げしている怒り。それは一流の中でも上位に位置するものまで昇華されていた。
それでも、鎧との実力差は埋まらない。一流と超一流の差は絶望的なまでに広い。
「そろそろ頃合いか…」
鎧はテリウスに聞こえない程度の呟きを残すと、先ほどの動きとはケタ違いの早さでテリウスの懐まで潜りこむ。それは縮地法と呼ばれる歩法で、達人や仙人の域に踏み入る者しかできないものだった。
「役者はそろった。囚われの御姫様と救いに来る王子様、それを阻む悪魔の騎士。そして…」
その呟きの内容は吹いた風にまぎれて消えた。テリウスは鳩尾に入れられた一撃で意識を刈り取られた。
騎士団の護りは陥落、ギルドは機能停止。
オーロンは一人執務室で頭を抱えた。これ以上出来ることは無い。
市民が避難した地下には避難通路がある。普段は巧妙に隠されているそれはスノー・リリィの外の出口がある。そこまで行けば市民は無事に逃げおおせることが出来るだろう。
「皆、無事で居てくれるといいのですが…」
「それは出来ない相談だな」
扉の向こうから声が聞えた。心臓が跳ね上がる程に驚いたがそれを表情や声には出さない。
「貴方がこの惨劇の立役者ですか?」
そう言うと扉がゆっくり開かれている。
そしてそこには壁に肘を着いて拳を冑につけて壁に寄り掛かっている鎧がいた。
「話は全て聞かせてもらった!!」
「独り言を聞いているとは趣味が悪い」
「ノリが悪いな」
「若くは無いのでね、そういった元気がないのですよ」
「子供の心を忘れてはいけない!」
「童心に帰るのもたまにはいいですよね」
一見すると和やかに見える会話だが、オーロンの背中は冷や汗でびっしょりだった。
鎧の態度はふざけている。だが、この得体のしれない化物は街をたった一人で陥落させた化物だ。
油断していい相手ではない。自分はここで死ぬかもしれないが市民を一人でも多く逃がす為にここで足止めをしなければならない。
「さて、こうして話をしていても仕方がないです。単刀直入に訊ねましょう。素直に教えてくれるとはおもいませんが…、貴方の目的はなんですか?」
「俺の主である魔女、アルの名前を世界に知らしめるためだ」
「本当にですか?」
「ああ、本当だ。俺流にやらせてもらっているからアルはこの事に一切関与してないが」
「つまり、貴方の独断だと…?」
「そうだ」
『つまり暴走ということか?』
鎧とオーロンしかいない部屋に突如第三者の声が届いた。妖艶な女性の声である。
「この感じ…、アルが俺に話しかけてる感じと一緒だな」
『ご名答。水晶にパスをつないでそこから声を発している。魔女が使える連絡用の魔法だな。オーロンすまないな』
「いえいえ」
オーロンは鎧が来てからすぐに水晶の魔法を起動させた。それは鎧とオーロンの会話を聞かせることで少しでも情報を与えようと言う意図だった。
「あー、暴走してるわけではない。アルの指示には従っている。だが、俺には俺の目的がある」
『目的がある?お前はもしや魂を定着させられた使い魔か?』
「そうそう。話は逸れるが良い声してるなねーちゃん」
『いきなり話が飛んだな…、だが褒め言葉として受け取っておこう』
「褒めてるから素直に受け取るといい」
『だが、訂正させてもらえば私はねーちゃんという歳ではない』
「…失礼だが年齢を聞いても…?」
『256歳だ』
「悪いが婆には興味ないから消えてくれないか?」
「掌返すのはやいな!?」
真剣な話からそれてふざけた話になってしまったせいでオーロンは思わず突っ込みを入れてしまう。
『人の事を婆呼ばわりするとは失礼だな…!』
静かな怒りを感じさせる凄みが声にあった。オーロンは鎧から感じる恐怖とは別のもので震えあがる。具体的に言えばタマヒュンである。
「全く、二人ともふざけてないで真面目な話をしてほしいんだが」
『「それをおまえがいうか」』
オーロンと水晶からの声が重なる。
鎧は大げさに肩を竦めて首を振る。やれやれ、これだから大人って奴は…。
「やれやれ、これだから大人って奴は…」
『地の文と同じことを言うのはやめないか?』
「ふたりとも早く本題に入りやがれください」
オーロンが切れる。本来であればこんな雰囲気になるはずがないのだ。まさか鎧は気の緩みを狙って行っているのではないかと危惧する。
「あ、胸のサイズ聞いてなかったな…」
「いいからさっさと本題に入れ!」
本来のキャラも忘れて叫ぶ。おそらくだがこの鎧は真面目なのかもしれないとこめかみを揉みながら思った。
「さて、そろそろシリアスパートに戻るわけだが悪い知らせと最悪な知らせ、どっちが聞きたい?」
『いい知らせというものは無いのか?』
「戦力は俺一人だという飛びきりの情報をやろう、あとでおっぱい揉ませろ」
『なるほど、それはいい知らせだな。情報提供感謝する。だがそれは断る』
オーロンは鎧と水晶の向こうにいる魔女協会の主の会話を黙って聞いている。突っ込み入れない我慢する。
オーロンの印象は鎧は意図がわからない行動をしている、というものだった。
敵に教えても意味のない、もしくは自分が不利になるような情報を与えたりする。
目的が見えないのだ。
『最悪の知らせから聞かせてもらおうか』
「地下通路を通っている最中の市民は少人数を残して殺した」
「な…!」
『それは最悪だな…』
つまりこの時間稼ぎは意味がないということだ。
「で、最後に悪い知らせだが」
そう言って鎧は冑を外す。そこにはスノー・リリィのギルドマスター、アイリスの顔があった。
「人質を取らせてもらった」
『…要求は?』
「話が早くて助かる。要求は俺が出すものから選んでほしい」
「内容はなんですか?」
「この女を解放する代わりにお前と水晶の向こうにいる女が死ぬか、この女を諦める代わりにお前らは全世界に向けてこの事件を伝えるか」
『意図が読めない』
そう、この選択肢は釣り合わない。たかが一人の命を救うために魔女協会のトップとこの惨劇を知る人間が死ぬわけにはいかない。
「俺の目的はいたって簡単だ。アルの名前を広めること。だが、アルの名前は出すな。それはお前らだけが知っていればいいことだ」
本当はテリウスが居るのだがテリウスはアルのことなど覚えていないだろう。彼は復讐の鬼となっている。
「どういうことです?」
「アルの名前を世界に広めるための演出だ。魔王は最適なタイミングで名乗りをあげることで認知されるだろう?」
『悪趣味だな…』
「そんな褒めるな、照れてバラバラになるだろ」
『意味が分からん』
「まあそういうことだ、お前らに演出の手伝いをしてもらいたいだけだ」
鎧はそう言って締めくくる。
「協会長…」
『いいだろう、魔女協会はお前の言うとおりにしよう。だが、確認させろ。本当に戦力はお前ひとりなんだな?』
「ああ、俺はアルとは関係なしに動く。アルのバックアップは受けないし俺一人だ。さて、魔女の契約書とやらを準備してくれないか?」
『知っているのか』
「一応使い魔なもんでな」
『…今送る』
一枚の羊皮紙が目の前に現れる。そこには魔女の契約書と書かれているだけだ。
そこに鎧が契約内容を書いていく。
その内容に反することを出来なくする効力がある。それでも反すれば死が待っている。魂からの死なので鎧にも十分効力があるだろう。
鎧は今までの会話の内容を律儀に書きこんでいった。
つまり、鎧は単身で世界を相手にすると宣言したのだ。
「ほら、これでいいか?」
「確認します」
オーロンが確認したが問題は無かった。
「大丈夫です」
「よし、契約は成立だな」
その直後、砦が揺れる。
「な、なんです?」
オーロンが窓の外を見ると鎧のような材質をした化物がひしめき合っていた。
「な!?一体どういうことですか!?」
契約書に書かれていることに反することはできない。鎧は戦力は一人だけだと言っていた。だが、これは魔女の契約書に反している。なのに鎧は生きている。
鎧は軽く笑うと答えを教えてくれた。
「これは全て俺の一部だ。全て俺だから戦力は俺一人だろう?」
スノー・リリィは陥落した。
街長であるオーロンとギルドマスターの右腕であるテリウスのみが生存者として央都セントラル・ローズに保護される。
魔女協会はセントラル・ローズへの協力を申し出る。鎧のもくろみ通りに計画は進んでいた。
「という進捗だ」
鎧はアルの家に戻って今までの経緯を話す。勿論、オーロンと協会長との会話については伝えていないが。
「もう取り返しがつかない!」
「君は実に運がないな」
「お前と出会った時点で私の運は最低辺だろうが!」
「いやいや、俺と出会った時点で幸運だろう?」
「ふざけんな!」
「はあ、ご主人はもうギャグキャラで行くしかないですね…」
アスタちゃんの呟きによってアルが発狂するのも無理がないことだった。




