呪詛返し
しあわせの会と言う宗教法人の教祖は、身体の不調を感じてかかりつけ医の元に足を運ぶと、検査結果に目を通した主治医は「直ぐにでも大きな病院で精密検査を受けた方が良い」と言った。
しあわせの会教祖✕✕晴路として、盲目的に自分を信奉する信者相手に、法人設立当初からの補佐が調べ上げた信者が欲している言葉を与えるだけで、信者は「晴路様こそが、我々を救って下さる尊き御方」と語り、信者個人が善意で奉納する多額の献金により、晴路は贅沢な生活を満喫していた。
『アンタ、いずれ痛い目を見る事になるよ』
母方の地元で出会った「セツ」と名乗った女はそう言っていた。
せっかくの力も、自分の為に使っていてはいずれ足元を掬われる事になると、その女は言っていた。
その女の家系は代々拝み屋で、村で困った事が起こったらまず○○家へ、と言われている様な家だと言う。
子供や孫に素質が受け継がれなかった事で、自分達が○○家に向けられている怨みを一手に引き受けて拝み屋を畳む事を決めていると聞いた。
女曰く、晴路はケモノ憑きの家系であるのだと言う。
ケモノは主の願いを叶える為に行動するものなのだと女は言った。
なるほど、だから自分が思い付きで立ち上げた宗教法人が上手く回っているのかと晴路は納得し、女の言葉は頭の片隅に追いやっていた。
「✕✕さん。落ち着いて聞いてください」
かかりつけの医師から紹介された専門医は晴路は癌を患っている、と説明した。
不治の病でもあるまいし、適切な治療を受ければ良いのだろう、と考えていた晴路に医師が告げたのは、既に全身に転移していて手の施し様が無い、と言う事だった。
どうにか、夫を助ける事は出来ませんか、と医師に訴える長年連れ添った妻を見ながら、晴路の脳裏にひとりの少女の姿が過ぎった。
多額の献金をしていて、「どうにかあの田舎娘とその子供を息子の家から追い出してください」と言ったある信者の孫である少女。
何度か、母親に連れられて歩いている様子を見た事があった。
その少女が誰かに似ている、と言う印象を受けたものの、それが誰かは思い出せずに依頼されるままに呪いの祈祷をした。
自分の身体を蝕んでいるのはまさしく、自分が掛けた筈の呪いそのものだった。
子と孫が素質を受け継がなかった。
だが、あの女の系譜が拝み屋である事には変わりはなく。見舞いに来た例の信者に信者の嫁の旧姓を聞けば○○家、と帰ってきた。
変わった苗字だから印象に残っていた、と。
つまり、自分がいつもの様に呪いの祈祷をした相手はあの女の血縁者。そうか、あの少女はあの女に似ているのか。
そして恐らく、あの少女は血筋の素質を受け継いで産まれて来たのであろう。
「嗚呼。バチが当たったのかもな」
✕✕家はそのむかし、何処其処の武将の為にケモノを操った一族だと、実家の藏にあった古文書に記されていた。
誰かの為ではなく、自分がラクな生活を送りたいと考えて口八丁で信者を都合良く利用し、己の欲を満たし続けてきた結果なのだと漸く気が付いた。
―――晴路は後悔の念を抱きながら、その生涯に幕を下ろしたのだった。




