佐倉静枝
静枝は、現実主義者だ。呪いなんて、ある訳が無いと思っていた。
溺愛する息子、陽介に相応しい嫁としてずっと、陽介の幼馴染である理沙を推薦していたのに、陽介は大学で知り合った田舎娘と結婚するのだ、と言った。
今まで、自分達の提案は何でも受け入れてくれた陽介が初めて反抗した。
陽介はあの女に騙されているのだと思った静枝は、「これは貴方を愛しているからよ」と言って結婚前の2ヶ月の間自宅の座敷牢に閉じ込めた。
食事は一日1回。虫の湧いた白米と、腐った野菜の浮かぶほぼお湯のスープ。トイレは部屋の隅にあるバケツ。何か言えば爪を1枚ずつ剥がして過ごせば、結婚式を挙げる頃には静枝に従順な息子に戻ってくれた。
だから、あの忌まわしい田舎娘と早く離婚する様に、あらゆる手段を講じてあの田舎娘が自分達の孫だと言う小娘が6歳になった時に、やっとの事で家から追い出した。
大姑から教わった、第一子に女の子を産む様な浮気性の阿婆擦れを約10年置いてやっただけでも感謝すればいい、と静枝は考えていた。
その点、理沙は陽介の第一子として男の子を産んだ素晴らしい女性だ。
理沙との再婚を勧めれば、陽介はすんなりと頷いた。
実の娘の様に可愛がっていたその理沙が、再婚から一月と少しで死んだ。
詳しい死因は聞かない方が良い、と言う医者に、持病も無く、健康だった嫁がどうして死んだのか、どうしても知りたい、と懇願した。
「―――内蔵が、全て破裂していました。
…いえ、破裂と言うよりは、まるで動物に食い荒らされた様な、そんな状態でした」
こんな症例は見た事が無い、と医者は言った。
警察からは、お嫁さんは此方の箱を持っていました、と見せられたのは、陽介が友人と旅行に行った時に一目見て気に入ったと言う木目細工の蓋付きの小物入れだった。
中には、小さな、子供の指らしきもの、が入っていた、警察がそう言うのを聞いて、
「―――コトリバコ…?」
とたまきが口にした。
静枝は、たまきから聞いた事があった。何処かの地域に伝わるとされる呪いの箱で、女性や子供が箱に触れると箱に込められた呪いで死んでしまう、と言う話だった気がする。
呪いだなんて、馬鹿らしい。
それでも、まるでコトリバコの呪いの様に理沙が死んだのは事実だった。
―――理沙の葬儀が終わってから、孫の大輔が奇妙な事を言う様になった。
「お父さん」
その言葉自体はおかしくはない。ただ、大輔はそれを祖父である静枝の夫に言うのだ。
「お父さんじゃないでしょ、この人は、おじいちゃん」
静枝がそう言うと、「違うよ、お父さんだよ」と言う。
その日から、毎夜、夢枕に理沙が立つ様になった。
我が子を置いて先立つ事になったのが悔しいのだろう、と思った静枝は、「大輔はちゃんと、陽介と私達が育てますからね」と理沙に言った。
『どうでもいいです。なつきさんに謝って下さい』
まるで汚いものを見る様な目で、理沙は言った。
彼女の我が子である、大輔に一瞥くれる事もなく、毎日そう言ってはすぅ…、と消えるのだ。
子供に関心が無いなんて、あの子はあんな薄情な子だったかしら、と静枝は嘆いた。
「そりゃあ、大輔は父さんとの間に出来た、望まない子供だし。産んでしまえば母性が芽生える筈、って言う母さんの目論見が外れただけだよ」
陽介が、訳の分からない事を言い出した。
「何言っているの?大輔ちゃんは、陽介の子でしょう?」
陽介は、複数の書類を静枝の前に差し出した。
そこには、陽介と大輔に親子関係は無く、静枝の夫と大輔に99.9%の親子関係が認められる、と記されていた。
「やっと、目が醒めた。遅過ぎたけどね」
静枝は、自分の夫が不貞行為を働く訳が無い、と叫び、なつきの嫌がらせだと狂乱した。
そして、真相を確かめる、と言ってなつきの故郷である田舎に向かうのだった。




