絢瀬たまき
「貴女、浮気したの?」
里帰りで36時間以上の大奮闘の末に産み落とした可愛い我が娘を見て、遥斗や義家族が集まった病室で、「すみません、しっかり躾けたつもりだったのですが。まさか、こんな…」とお母さんは言った。
何を言っているんだ、この人は。
「お母さん、アタシ、浮気とかしてないよ」
「私だって貴女を信じてあげたいわ。でも、動かぬ証拠があるじゃない」
第一子が女の子だと言う事が浮気をしたと言う何よりの証拠よ、とお母さんはさも当たり前の様にそう言った。
「へぇ。第一子が女の子なら、浮気なんですね!」
明るい声でそう言ったのは、遥斗のお姉さんで頼れる義姉の美月さんだった。
「じゃあ、私も浮気で産まれた子だったんだ!いやー、知らなかった!!駄目じゃんお母さん!!実の娘でも無いのにごめんね、お父さん!!」
病棟に響き渡る様な声で言った美月さんに、「そんなはしたない事を大声で言うのはおやめなさい」とお母さんは真面目な、本気の顔でそう言った。
「やだわぁ、私、お父さんがハジメテの相手よ?お父さんヤキモチ焼きだから浮気なんてしようものなら、浮気相手を闇に葬るくらいして、私と一緒に心中してるわ」
「当たり前じゃないか。真奈美が他の男のものにならない様にどれだけ私が苦労したと思っているんだい?」
義両親は此方が火傷するくらいにラブラブで、たま〜に発言が過激である。
「美月も遥斗も、私達夫婦の子供ですよ。浮気なんて絶対に有り得ません」
「私の大姑は、第一子に男の子を産めない嫁は浮気性の阿婆擦れだと仰っていましたよ?」
嗚呼、この人、ひいばあちゃんの言葉が全てだったな。とアタシは思い出した。
ひいばあちゃんは確か、ウチは男系だから、第一子が女の子なら浮気を疑えって大真面目に言う人だった。
なお、そんな発言をしたひいばあちゃんをいつも窘めていたのはひいばあちゃんの義妹に当たる大叔母達だった。
確かに、男の子が多いのは事実だけれど、1番歳の近い義妹と末の義妹は第一子が女の子だったからだ。末の義妹に至っては、6人女の子を産んだ末に男の子を産んでいる。
この人は、きっと元義姉のなつきさんにも同じ事を言ったんだろうな、と理解した。
お兄ちゃんはなつきさんをお母さんに言われる形で追い出した後、理沙さんと大輔君を新しい家族として迎えた。
幼馴染の理沙さんが困っているんだから。と流されやすいお兄ちゃんを説得したお母さんは、孫となった大輔君が望むなら何でも叶える様な人になった。
まあ、なつきさんがお兄ちゃんと結婚していた時からそうだったんだけど。
陽菜ちゃんには流行りの玩具ひとつ買い与え無かったのに、大輔君が「最新ゲームが欲しい」「恐竜の図鑑が欲しい」「サッカークラブに入りたい」と言えば何でも叶えていた。
もう、実家に関わらない方が良いかな、と考えていたら、お兄ちゃんが血相を変えて病室に入って来た。
「あら。どうしたの陽介」
アタシを浮気性の阿婆擦れ扱いしたお母さんは一瞬で柔和な表情を浮かべてお兄ちゃんに声を掛けた。
お兄ちゃんは、悲壮な声で言った。
「―――理沙が、死んだ」
なつきさんの荷物は殆ど残っていないお兄ちゃんの家。それでもなつきさんがいた痕跡を消したい、自分こそがこの家のほんとうの妻である証明がしたい。
そう言ってお兄ちゃんの家の大掃除をしていただけの筈だけれど、一体何があったって言うんだろう。
「クレンザーが足りなくなってきたって言われて、ホームセンターに買いに行った。それで、帰って来たら、―――なつきが使っていた部屋で理沙が血を吐いて倒れてた」
急いで救急と警察に連絡して理沙さんは病院に運ばれたものの、病院に到着した時には理沙さんは亡くなっていて、今は原因解明の為に解剖を受けているそうだ。
それを聞いたお母さんは、真っ青な顔をして倒れてしまったのだった。




