大晦日の台所と、受け継がれる味
12月31日、大晦日の朝。目が覚めて居間へ下りていくと、台所では両親が正月用のおせち料理の準備に取りかかっていた。
「おはよう。父さんも母さんも、朝から大忙しだね」
「あら、おはよう。大晦日はやることが多くてねぇ」
いつもなら「手伝おうか?」と言っても断られるところだが、この一年で手作りの楽しさを知った佐藤は「せっかくだから俺にも教えてよ」と腕をまくった。
栗きんとん、伊達巻、昆布巻き——正直なところ、どれも作り方のイメージすら湧かないものばかりだった。
サツマイモを茹でて裏ごしし、栗の甘露煮のシロップと混ぜ合わせて綺麗な黄金色の栗きんとんを作る。伊達巻ははんぺんと卵をミキサーにかけ、フライパンで焼き上げてから巻きすでキュッと形を整える。
「へぇ……伊達巻って、はんぺんから作るんだ!」
「そうよ。こうやって巻きたてを冷ますと綺麗な形になるの」
手間のかかる工程をひとつずつ体験しながら、佐藤は深く感銘を受けていた。こんなに面倒な作業を、両親は毎年当たり前のようにこなしてくれていたのだ。感謝と尊敬の念が湧くと同時に、親から手ほどきを受ける時間が無性に楽しく感じられた。
作業に没頭していると、あっという間にお昼を迎えた。
「夜は家族で年越し蕎麦だから、昼は普通のお米が食べたいな」と佐藤がリクエストすると、母親は「はいはい」とフライパンを振ってパラパラのチャーハンを作ってくれた。
(大晦日の昼に中華かよ!)
思わぬ選択に心の中でツッコミを入れつつ一口頬張ると、どこか懐かしい実家の味が口いっぱいに広がり、あっという間に平らげてしまった。
一休みした後は、いよいよ夕飯の年越し蕎麦に載せる天ぷら作りだ。
水と卵、薄力粉で天ぷら粉を作り、海老、イカ、オクラ、シシトウ、椎茸、舞茸といった具材を用意する。油の温度を見極め、母親の指導のもとカラリと揚げていく。
「揚がったわよ。冷めないうちにひとつ食べてごらんなさい」
揚がりたての海老天をひとつ摘んで口に運ぶと、衣が「サクッ」と心地よい音を立てた。中の海老はプリプリで、自画自賛したくなるほどの完璧な仕上がりだった。
「うわ、サクサクだ! 母さん、教え方が上手すぎるよ」
「ふふ、年季が違うわよ」
湯気と香ばしい油の匂いに包まれた台所で、ゆったりとした大晦日の時間が流れていく。
東京で働いていた頃の大晦日といえば、会社の忘年会に顔を出したり、混み合うスーパーの歳末セールに揉まれたりと、いつも慌ただしく過ぎ去っていた。
(あの頃に比べたら、実家の台所で両親と天ぷらを揚げる大晦日なんて、なんて贅沢で穏やかな時間なんだろうな)
静かな幸せを噛み締めながら、佐藤は夜の年越し蕎麦に向けて、丁寧に揚げ物を続けたのだった。




