舞台の設営と、極上の鴨出汁
12月29日、午前11時。事前準備のために会社の鍵を開けようと山口製作所へ向かうと、門の前にはすでに市役所と商工会の担当者たちが待っていた。
「早いですね! まだ11時ですよ」
「いやぁ、楽しみで居ても立ってもいられなくて早く来たら、門の前で鉢合わせしちゃいまして!」
熱量に圧倒されつつ鍵を開けて敷地に入ると、すぐにテントの設営位置やキッチンカーの駐車スペースの確認が始まった。手際よく「ここが蕎麦打ち場」「こちらが天ぷらの配布スペース」と決まっていく中、市役所の職員が申し訳なさそうに近づいてきた。
「あの、佐藤さん……敷地の一角に、小さな特設ステージを作っても大丈夫でしょうか?」
「ステージですか? 社長からは『敷地内なら好きに使っていい』と言われているので大丈夫ですけど……何をするんですか?」
様子を見ていると、完成したばかりのポスターがステージ脇に張り出された。そこには【飛び入り歓迎! 年末みんなの特技披露会】の文字。
「せっかく人が集まるので、市民の皆さんが特技を披露できる場を作っちゃいました! 告知もSNSに載せてあります!」
「えっ、もう周知済みなんですか!?」
市役所の抜け目なさに驚きつつも、ここは工場地帯で周りに民家もないため、多少の音が出ても苦情は出ない。「面白い企画ですね」と笑い合い、打ち合わせと什器の配置は順調に進んだ。
15時過ぎ、「それじゃあ明日、よろしくお願いします!」と市役所と商工会のメンバーを見送り、佐藤は施錠を済ませた。
そのまま街の精肉店へ寄り、予約していた大量の鴨肉を受け取って喫茶店へ向かう。店に着くと、鈴木と呉服屋の小林さんがすでに腕まくりをして待ってくれていた。
「よし、鴨肉の下処理をはじめようか!」
まずは鴨肉の皮目に格子状の浅い切り目を入れる。長ネギは食べやすい大きさにカット。油をひかずに熱したフライパンに鴨肉を皮目から並べると、ジュワッと芳醇な脂が溢れ出し、香ばしい香りが店内いっぱいに広がった。
皮目に綺麗な焼き色がついたらサッと裏返し、表面だけを焼いて取り出す。中まで火を通し切らないのが、柔らかく仕上げるコツだ。
続いて、フライパンに残った濃厚な鴨の脂を使い、長ネギの表面にこんがりと焦げ目がつくまで焼き上げる。最後に、特製の出汁と麺つゆを加えて軽く煮込めば、鴨の旨味とネギの甘みが凝縮された極上の鴨出汁が完成した。
「うわぁ……めちゃくちゃいい香りだ! これ、絶対旨いぞ!」
出来上がった仕込みをしっかり冷まし、鈴木の店の業務肉用冷蔵庫で保管してもらうことにした。明日の本番、鈴木が現地へ運んでくれる手筈だ。
「よし! これで準備は完璧だな!」
「佐藤くん、お疲れ様。明日はいよいよ本番だね」
鈴木と小林さんと力強い握手を交わし、長かった事前準備の終わりを実感しながら、佐藤は晴れやかな気持ちで帰路につくのだった。




