思いつきの鴨と、高まる熱気
翌日、会社でPCに向かってカタカタとデータを打ち込んでいた佐藤は、ふと作業の手を止めた。
(……待てよ。温かい年越し蕎麦といえば、やっぱり「鴨」じゃないか?)
ネギと鴨肉の旨味が溶け出した温かい出汁——想像しただけで唾液が溢れてくる。一度思いつくと居ても立っても居られなくなり、佐藤は休憩時間にすぐさまサークルメンバーの渡辺さんへ電話をかけた。
「渡辺さん! 蕎麦に『鴨肉』を追加しませんか? 直前ですけど、やっぱり鴨南蛮にしたら絶対盛り上がると思うんです!」
「おおっ、鴨か! いいねぇ! でも鴨肉って火の通し加減が難しいから、前日のうちに下処理して出汁と一緒にじっくり仕込んでおいた方がいいんじゃないか?」
「そうなんですよ。もし手が空いていたら、前日の夜に一緒に仕込みをやってほしいんです」
佐藤が他のメンバーにも連絡を取ると、喫茶店のマスターと呉服屋の小林さんが「夜でよければ手伝えるよ!」と快諾してくれた。29日の夜、佐藤が買い出しで鴨肉を調達し、マスターの喫茶店に集まって下仕込みをすることが決まった。
夕方近くになると、スマホに市役所の担当者から興奮気味の連絡が入った。
「佐藤さん! 商工会と話がつきました! 当日は前回のイベントで大好評だった出店やキッチンカーが複数来てくれることになりましたよ!」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「それと、蕎麦に載せる天ぷらの準備ってどうなってますか? もし手配がまだなら、商工会に入っている惣菜屋さんが『うちで揚げたての天ぷらを提供するよ』と言ってくださっているんですが……」
「ぜひお願いします! 助かります!」
自分たちで天ぷらまで揚げるとなるとパニックになるところだっただけに、渡りに船の申し出だった。
電話を切って間もなく、市役所から「イベント告知チラシのイメージ」がPDFファイルでメール添付されて届いた。
タイトルには【山口製作所×市役所 presents 年末感謝! 手打ち年越し蕎麦と新春餅つき大会】とでかでかと書かれており、プロ顔負けの素晴らしいデザインに仕上がっていた。
「社長! 市役所からチラシのイメージが届きましたよ!」
佐藤がプリントアウトして見せると、事務所にいた社員たちが一斉に集まってきた。
「うわっ、本格的だな! これ、うちの会社がメインのイベントみたいじゃないか!」
「これは大掃除どころじゃないねぇ! 俺たちも気合い入れて手伝わないと!」
社長も社員たちも目を輝かせ、社内のボルテージは一気に跳ね上がった。
12月30日の本番まで、あとわずか3日。
鴨肉の仕込み、天ぷらの手配、そして出店の準備——地域の人々やお店を巻き込みながら、年末の大一番に向けたパズルのピースが完璧に組み合わさろうとしていた。




