限界と撤去、そして晴れやかな決着
水曜日、業者が本社から技術者を連れて山口製作所へやってきた。
技術者は持ち込んだPCをシステムに接続し、真剣な表情でログを解析し始めた。
「データは完全に収集されていますし、AIの学習モデルも正しく構築されています。論理的には完璧に再現できるはずなのですが……」
首をひねる技術者の提案で、職人に実際の作業を見せてもらい、同じ状態の素材を使ってAIに再度パーツを削り出させてみることになった。しかし、出来上がったものは相変わらず「なんとなく近い形」の域を出ず、山口製作所が求める品質には到底届かない。
職人の指先の微妙な力加減、刃物が材料に当たる音の変化、気温による微細な調整——データという数値に落とし込めない「熟練の感性」を再現することは、現在のAIには不可能だった。
目の前で散々な結果を突きつけられ、技術者もついに頭を抱えてお手上げ状態となった。業者の担当者は蒼白な顔で社長のもとへ歩み寄る。
「……申し訳ありません。データが増え続ければ、いつかはご要望の品質に達する可能性はありますが、無償期間が終わった後、あとどれだけの時間とコストがかかるかは……正直お約束できません」
その言葉を聞き、社長は穏やかな苦笑いを浮かべた。
「いやぁ、いいんだよ。うちの会社とAIは、まだ縁がなかったってことが分かっただけでも大きな収穫だったさ。職人たちの腕の凄さも再確認できたしね。残念だけど、今回の本契約は見送らせてもらうよ」
流石にこれ以上の売り込みは無理だと悟った業者は、「ご協力いただきありがとうございました」と深々と頭を下げ、週末に設置したカメラや機器をすべて撤去することを約束して去っていった。
終業後、佐藤がデスクで帰り支度をしていると、社長がやってきた。
「佐藤くん、お疲れ様。……いやぁ、結局AIってどうやったらうちで使えるんだろうねぇ?」
そう言って、社長はお手上げのポーズをとってみせた。佐藤も思わず一緒に笑ってしまう。
「まあ、何でもかんでも機械に頼るな、ってことですかね。うちはうちのやり方で、手作業の良さを大事にしていけばいいんですよ」
「そうだね! よし、気をつけて帰りなよ」
長かった「AI導入騒動」は、こうして拍子抜けするほどあっさりと幕を閉じた。しかし、事務所を出る佐藤の足取りは、ここ一ヶ月で一番軽やかだった。




