手打ちの香りと、職人の素質
翌日、さっそく蕎麦打ちの練習をするため、昨日教えてもらった製粉所へと車を走らせた。
蕎麦屋の店主から勧められた指定の銘柄の蕎麦粉を購入し、さらに「最初は二八蕎麦から始めた方がつながりやすいよ」という助言に従って、強力粉も一緒に買い求めた。
買い出しを終えると、渡辺さんの作業場にある秘密基地の小屋へと全員で集まった。借りてきた大きなこね鉢と打ち台をセットし、いよいよ実践開始だ。
「よし、一番手は俺がいかせてもらうぞ!」
腕まくりをした渡辺さんが鉢に向かった。お湯を用意し、昨日教わった手順通りに慎重に水を回していく。ダマを作らないように丁寧に手早く混ぜ合わせ、固まってきたら体重をかけてしっかりと捏ね上げていく。
力強く丹念に捏ねられた生地は、打ち粉を振りながら麺棒で伸ばす工程に入っても、一切破れることなく綺麗な円形に広がり、角出しを経て薄い四角形へと姿を変えた。
「おおー、綺麗に伸びたな!」
歓声が上がる中、専用の押し板と大きな蕎麦包丁を使って切り始める。トントンと音を立てて刃を落としていくが、どうしても幅に太いところと細いところのばらつきが出てしまう。それでも初めてにしては上々の出来栄えだ。
その後、メンバーが順番に交代しながら蕎麦打ちに挑戦していった。
そして、満場一致で「一番綺麗で美しい蕎麦」を打ち上げたのは、なんと呉服屋の小林さんだった。生地の厚みの均一さ、切られた麺の美しく整った細さは、まるで売り物のようだった。
「小林さん、凄すぎるだろ! 初めてとは思えないぞ!」
「ははは、普段から生地や反物を扱って指先を使ってるからかなぁ」
驚くみんなを前に、小林さんは少し照れくさそうに笑った。
小屋の中に設置した大きな鍋でお湯が沸騰し、自分たちで打った蕎麦を投入する。麺が躍ると同時に、香ばしい蕎麦の香りが一気に室内に広がり、おじさんたちの胸をワクワクさせた。
茹で上がった蕎麦は、すかさず渡辺さんの作業場に引かれている冷たい地下水へ投入する。氷のように冷えた水で一気に締めると、麺にキュッと心地よいコシが生まれた。
あらかじめ出汁から丁寧に取っておいた温かい汁を注ぎ、刻みネギと生卵を落としたシンプルな「月見蕎麦」の完成だ。
「よし、冷めないうちに食おう!」
出来上がった一杯をズズッと豪快に啜る。
正直なところ、昨日食べた職人の味には到底及ばなかった。しかし、打ち立て・茹で立ての香りと、冷水で締めたコシ、そして何より自分たちの手でゼロから作り上げた満足感が合わさり、格別の旨さが口いっぱいに広がった。
「うまい……! やっぱり自分の手で作るのって、最高に楽しいな」
「これなら年末の本番もバッチリだな! みんなで最高の年越し蕎麦を食べようぜ!」
出汁の温もりと自分で作った達成感に包まれながら、おじさんたちは笑顔でどんぶりを空にしたのだった。




