最初の不協和音と、噛み合わない歯車
水曜日、懸念していた最初の問題が現場で発生した。
AIが職人の作業動作を2日間学習し、「同じように機械を動かせる状態になった」というので試運転させてみたのだが、出来上がったパーツを見て職人たちが首をひねった。
「なんだこや……見た目は同じだが、寸法も表面の仕上げもガタガタじゃねぇか」
山口製作所の高品質な製品は、材料のわずかな個体差やその日の気温、湿度を熟練の職人が肌で感じ取り、感覚で微妙に調整することで作られている。業者からは「数日のデータで再現できる」と言われていたが、結果は見るに耐えないものだった。
連絡を受けて慌てて駆けつけた業者は、ログや機械の数値を丹念に調べたものの、機械の故障もエラーも見当たらない。
「おかしいですね……システム上の解析では100%の精度で完璧に再現できたと表示されています。データのインプット量も十分なのですが……」
首をかしげる業者に、職人が冷ややかに言った。「数値じゃ測れない『感』で調整してんだよ、こっちは」
結局、業者は「さらにデータを集めてAIの精度を上げますので、継続して作業ログを撮らせてください」と頭を下げて帰っていった。幸い、職人たちは「勝手に撮影してログを取るだけなら仕事は増えねぇからいいよ」と笑って受け入れてくれた。
一方、佐藤がいる事務方でも別の意味でAIに振り回されていた。
AIがデータ入力をサポートする「支援モード」に入ったのだが、現場から回ってくる伝票は紙ベースで、しかも手書きだったりレイアウトがバラバラだったりする。画像を読み込ませて学習させようにも、同じフォーマットの伝票が次に回ってくるのは数ヶ月後といった有様だ。
毎回ゼロから登録し直すハメになり、手動で入力した方が遥かに早い。AIは入力ミスを指摘してくれるものの、元の画像認識が不完全なため間違った指摘も多く、モチベーションは削られていくばかりだった。
(生成AIだから似たようなフォーマットにも対応できるはずだけど、そもそも学習用のパターン数が少なすぎて確定情報にならないんだよな……)
画面上で処理待ちの砂時計がくるくると回るのを眺めながら、佐藤はぼんやりと昔のことを思い出していた。
都会の大企業にいた頃は、そもそも入力データのフォーマットが厳密に標準化されていた。イレギュラーなパターンが出てきても、専門のIT部隊が裏でデータを整えてくれたため、現場に負荷がかかることなんてほとんどなかったのだ。
「標準化も専門部隊もない街の町工場に、そのままシステムだけ持ってきてもなぁ……」
手間ばかりが増え、一向に見えてこない導入効果。佐藤の溜め息が、静かな事務所に寂しく響いた。




