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僕が逃げた利器と得た安住  作者: 藤一


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謎のロジックと、太陽の下へ

採用が決まった翌日。

報告というほど大げさなものでもないが、佐藤は足取りも軽く、あの古い純喫茶へと向かった。

特に活動日が決まっているわけではない。「喫茶マニュアルテック同好会」は、集まりたい奴が勝手に集まるゆるい集団だ。今日はおじさんたちの誰か一人くらい居ればいいな、くらいの軽い気持ちでガラガラと引き戸を開けた。

「あ、佐藤くん! ちょうど噂をしてたんだよ!」

カウベルの音と同時に、主宰の鈴木の声が響いた。

驚いたことに、奥のテーブル席には鈴木だけでなく、文具屋の高橋さん、呉服屋の小林さん、そしてつなぎ姿の渡辺さんまで、全員が揃っていた。

「あれ、皆さん揃ってたんですね」

「いやあ、渡辺さんが『採れたてのキュウリ食うか』って持ってきたら、高橋さんが『ノートの配達ついでに』って寄ってね。俺と小林さんは暇だったから最初からいた」

鈴木が笑いながら、全員で囲むテーブルの端の席をポンポンと叩いた。

佐藤が腰を下ろすと、さっそく昨日の報告を切り出した。

「実は……仕事が決まりました。町外れの山口製作所で、事務をやることになりまして」

一瞬の静寂の後、おじさんたちの顔が一気に輝いた。

「本当か! やったなぁ、佐藤くん!」

「山口製作所か、あそこの社長は良い人だよ。良かった、本当におめでとう!」

「祝いだな! マスター、佐藤くんにアイスコーヒーと……ホットケーキ追加で!」

全員が自分のことのように大喜びし、口々に祝福の言葉をかけてくれた。AIのシステム上で『内定通知書』のテキストが無機質に送られてくるのとは違う、目の前の大人たちが自分を祝福してくれているという温かい空気。佐藤は胸がじーんと熱くなるのを抑えきれなかった。

「……ありがとうございます。小さな工場の事務ですが、手で電卓を叩いて、帳簿をつける仕事です」

「それが一番だよ。自分の手で確かめられるのが一番だ」

高橋さんが深く頷いてくれた。

すると、キュウリをポリポリと齧っていた農家の渡辺さんが、腕組みをしながらフンと鼻を鳴らした。

「よし、仕事が決まったなら……次回の活動内容は決定だな」

「え? 何ですか?」

渡辺さんは佐藤を指さし、ドヤ顔で言い放った。

「事務仕事ってのは、一日中『室内』で座りっぱなしだろ? 画面とか帳簿ばっかり見てるわけだ。だから、活動は『日の下で農作業』にする!」

「……はい?」

佐藤は思わず首を傾げた。

事務仕事が室内だから、活動は農作業。ロジックが飛躍しすぎていて、何の脈絡もない。

「渡辺さん、それ完全に理屈が無茶苦茶ですよ」

高橋さんが呆れたように苦笑いする。

しかし、主宰の鈴木が「おおっ!」とテーブルを叩いた。

「素晴らしい! 室内でパソコンや帳簿に向かうからこそ、休日は太陽の光を浴びて土をいじる! これぞまさに『人間のバランス』!完璧なマニュアルテックじゃないか!」

「だろ〜? 太陽の下で汗かいて、雑草抜いて、採れたてのトマト食うんだよ。最高だぞ佐藤くん!」

渡辺さんが豪快に笑い、小林さんも「ふふ、私も帽子被って手伝いに行きますよ」と楽しそうに頷いている。謎のロジックだったはずなのに、気づけば全員の意見が「週末は畑集合」で完全に一致していた。

「よし決まり! 今週末の土曜日、朝八時に渡辺さんの畑に集合だ!」

鈴木の掛け声に、佐藤も思わず笑顔で答えていた。

「はい! よろしくお願いします!」

東京にいた頃、週末といえば「AIが算出した最適な休養プラン」に従って、ベッドの上で動画を見て過ごすだけだった。

けれど今の佐藤には、週末に待ち遠しい約束がある。

太陽の下で、土の匂いを嗅ぎながら、不器用に汗を流す日。

カチカチとした世界から逃げ出してきた男の目の前に、光に満ちた泥臭い日常が、まっすぐに広がっていた。

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