本能のままのシャッターと、肝心な忘れ物
暗室が完成したところで、いよいよ高橋さんの一眼レフを使って撮影を開始することになった。
「よし、まずは佐藤くんのお見合い写真からだな!」
カメラを構えた高橋さんだったが、ファインダーを覗きながら「ん……?」と首をかしげた。スマホやデジカメと違って、この一眼レフはすべてがマニュアル操作だ。ピント(フォーカス)をリングで合わせ、絞りやシャッタースピード、さらには露出補正まで手動で設定しなければならない。
「フィルムだからホワイトバランスはフィルム自体の種類で決まるとして……露出とシャッタースピードの組み合わせが難しいな」
「どれどれ、俺にも見せてくれ!」
渡辺さんたちも交代でカメラを覗き込み、ダイヤルをカチカチと回しながら四苦八苦した。白背景の壁の前に佐藤を立たせ、あーでもないこーでもないと調整しながら、まずは本題であるお見合い写真風の一枚をカシャリと収めた。
「よし、撮れたぞ!……って、ついいつもの癖で背中の画面を見ようとしちゃったよ」
高橋さんが苦笑いした。スマホやデジカメなら撮ったその場で液晶画面で写真を確認し、「ちょっと目をつぶっちゃったから撮り直し!」なんてことができるが、フィルムカメラには当然そんな画面など存在しない。今どんな顔で写ったのか、ピントが合っているのかすら、現像するまで誰にも分からないのだ。
「本当ですね、撮った直後に確認できないのって、めちゃくちゃドキドキしますね」
「まあ、現像するまでのお楽しみってことで! 下手に確認できない分、一発勝負の緊張感があって面白いじゃないか」
一発でうまく撮れていることを祈りつつ、おじさんたちは次のステップへと乗り出した。
「よし、撮影成功! ……でもさ、せっかくフィルムがまだ残ってるんだから、外に出て街の風景でも撮りに行こうぜ!」
「いいねぇ、散歩がてらバシャバシャ撮ろう!」
こうして、カメラを手にしたおじさんたちの街歩きが始まった。現代の若い子がやるようなSNS映えなど一切考えないのが、このおじさんたちのスタイルだ。
古いポスト、空に浮かぶ雲、田んぼの畦道、そして「おい、そこに立てよ!」とお互いを交互に撮り合う、本能のままのシンプルな記念写真ばかりが量産されていく。ファインダーを覗いてピントを合わせ、カシャンと重厚なシャッター音を鳴らす感触そのものが楽しくて仕方がない。
気付けば用意していた3本のフィルムをすべて撮り終えていた。
「いやぁ〜撮った撮った! 楽しかったな!」
「よし、渡辺さんの納屋に戻って、いよいよ暗室で現像だ!」
意気揚々と作業場に戻り、赤い光が灯る暗室に入った佐藤たち。薬品をバットに注ぎ、印画紙を準備したところで、佐藤がふと手を止めた。
「……あれ? そういえば、フィルムに写った像を、どうやって印画紙に移すんでしたっけ?」
「えっ? フィルムを印画紙の上にポンと乗せるんじゃないのか?」
「いやいや、印画紙に光を当てるって言ってたけど、どれくらいの時間光を当てればいいんだ……?」
全員が顔を見合わせた。
暗室作りや機材の準備に夢中になるあまり、引き伸ばし機を使ってフィルムの像を印画紙に露光させる具体的な手順や露光時間の調整という超・肝心な作業手順を、写真館の先生に聞き忘れていたことに気付いたのだ。
「あかん! 薬品に浸ける前にフィルムも台無しにしちゃうところだった!」
「危ない危ない! すぐに坂本写真館の先生のところへ聞きに行こう!」
撮影を終えた満足感から一転、おじさんたちは慌てて車に飛び乗り、再び街の写真館の先生の元へと走るのだった。




