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僕が逃げた利器と得た安住  作者: 藤一


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金曜オールナイト施工作戦

平日の夜、自宅でノートを開いていた佐藤は、ふとペンを止めた。

工程表を組み立てようと作業時間を計算していたのだが、ある決定的な事実に気づいてしまったのだ。

(待てよ……既存の壁紙を剥がして、下地を整えて、のりを塗った壁紙を位置合わせして貼って、乾かす……。これ、早朝から始めたとしても、どう考えても日中の営業時間に食い込むどころか夜までかかるぞ!?)

それどころか、作業中の接着剤の匂いや埃、脚立が乱立する空間で通常営業なんてできるはずがない。

(かといって、鈴木さんの店を丸一日休業させるなんて……それこそ営業妨害になっちゃうじゃないか!)

焦った佐藤は、その日の仕事帰りにそのまま鈴木の喫茶店へと向かった。

カウンターでコーヒーを飲みながら、佐藤は工程表を書いたノートを鈴木に見せた。

「鈴木さん、ちょっとスケジュールを計算してみたんですけど……ぶっつけ本番で壁紙を張り替えるとなると、準備から片付けまで最低でも12時間はかかります。普通の休みの日の昼間にやろうとすると、お店を臨時休業にしてもらうか、営業に大打撃が出ちゃいます」

「うーん……そうかぁ」

鈴木が腕を組み、困ったように天井を見上げた。

そこへ、「おーい、準備の打ち合わせか?」と渡辺さんと小林さん、そして高橋さんが店に入ってきた。佐藤が事情を説明すると、渡辺さんがニヤリと笑って豪快にテーブルを叩いた。

「なんだ、そんなことか! 答えは簡単じゃないか!」

「え? どうするんですか?」

「金曜日の営業が終わった夜から作業を始めて、土曜日の朝のオープンまでに全部終わらせればいいんだよ!」

「えぇっ!? オールナイトでやるってことですか!?」

佐藤が驚いて声を上げると、小林さんも「いいねぇ!」と乗っかってきた。

「金曜の夜8時に店を閉めたら、そこから徹夜で壁紙を剥がして貼り替える。土曜の朝8時までに片付けまで終わらせれば、土曜日のモーニング営業にもギリギリ間に合うじゃないか!」

「いやいや、みなさん! 体力は大丈夫なんですか? 渡辺さんは農家の仕事があるし、小林さんも土曜日は呉服屋の営業日ですよね!?」

佐藤が心配してツッコミを入れたが、渡辺さんは「ガハハ!」と大笑いした。

「畑か? 今の時期なら、土曜の朝一番にパパッと水やりさえ済ませちゃえば、あとは夕方まで放置でオッケーなノリだから全然平気だ!」

小林さんも嬉しそうに目尻を下げた。

「うちの店なら、土曜の店番はもう息子夫婦に任せちゃえばいいからね。『手伝いに行ってくる』って言ったら呆れ顔で送り出されたよ」

「ちなみに俺は……」元・文房具屋の高橋さんが缶コーヒーを片手に苦笑いした。「数年前に店をたたんで隠居の身だから、そもそも守るべき『自分の店』がない! 完全フリーだ!」

「なんだ、結局全員土曜の昼間に泥のように寝られる環境が整ってるじゃないか!」

鈴木が大笑いし、佐藤も思わず肩の力と同時に笑いがこぼれた。

「俺は店主だから土曜日も営業だけどな」鈴木が目の奥を輝かせた。「でも、お店を休まずに済むならそれが一番ありがたいよ。よし……乗った! 金曜オールナイト施工作戦で行こう!」

大人になってからの完徹作業。

まるで文化祭の前夜のような不思議な興奮が店内に満ちていく。

「よし、じゃあ金曜の夜8時に道具一式持って集合な! 栄養ドリンクと夜食もガッツリ買い込んでおこうぜ!」

絶望的なスケジュール調整が一転して、特別な金曜日の夜へ。佐藤はノートの工程表を『金曜夜8時スタート・土曜朝オープン完了』と力強く書き直した。

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