日曜早朝の壁紙会議と、80sアメリカンの夢
農機具小屋の完成から明けた次の休み。
日曜日の早朝6時、普段ならまだ静まり返っているはずの鈴木の純喫茶には、すでにサークルの面々が集まっていた。
「営業前のこの時間なら、どれだけサンプルを広げても客に迷惑はかからんからな」
店主の鈴木が淹れてくれたモーニングコーヒーの香りが漂う店内。テーブルの上には、小林さんがホームセンターやインテリアショップからかき集めてきた巨大な壁紙の見本帳が、何冊もズラリと広げられていた。
「よし、まずは壁紙のデザインから決めようか」
渡辺さんが老眼鏡をかけ、真剣な目つきでカタログをめくる。
現在の店は、昭和の面影を残す落ち着いた木目調で統一されている。カウンターもテーブルも使い込まれた味わいがあるが、悪く言えば少し「昭和の古くささ」が目立つのも事実だった。
「基本的には今の『純喫茶』の温かい雰囲気を壊したくないんだよね」
鈴木が腕を組んで店内の壁を見つめる。
「濃い茶色をベースにして、シックで落ち着ける空間にはしたい。でも、せっかく張り替えるなら『お、なんか店がちょっとかっこ良くなったな』って思わせるような新鮮さが欲しいところだな」
「だったら、こういうのはどうです?」
佐藤がカタログの一ページを指さした。
そこに載っていたのは、深いブラウンとアンティークな赤みが混ざり合った、ビンテージ感漂う「ブルックリン風のレンガ柄」だった。
「おおっ!」小林さんが身を乗り出した。「これ、80年代のアメリカンレトロっぽくてかっこいいじゃないか! 濃い茶色の木製家具とも相性が抜群だぞ!」
「いいな!」渡辺さんも膝を叩く。「ジャズが流れる渋い喫茶店って感じが増すんじゃないか?」
「待て待て、プリントのペラペラなレンガ柄だと、近くで見た時に安っぽく見えないか?」
鈴木が慎重な意見を出すと、待ってましたと言わんばかりに高橋さんが分厚い見本帳のサンプル生地を指でなぞった。
「鈴木さん、今の技術を舐めちゃいけませんよ。これを見てください。表面にしっかり凹凸がついた『エンボス加工』の壁紙です。光の当たり加減で陰影ができて、触っても本物のレンガみたいな立体感があるんですよ」
おじさんたちが一斉にサンプル生地に群がり、代わる代わる指先で撫で回し始めた。
「うわ、本当だ! ザラザラしてて本物みたいだ!」
「触り心地が気持ちいいな……! これ、光が当たると影が落ちて絶対に渋いぞ!」
一度「エンボス加工の立体感」というこだわりを見つけてしまうと、おじさんたちの探求心は止まらない。
「レンガの目地(隙間)の色は黒っぽい方が締まるんじゃないか?」
「いや、照明を落とした時に暗くなりすぎないように、グレーがかった茶色がいい!」
「照明に照らされた時の陰影を見るために、一回店の照明を薄暗くしてみようぜ!」
店内を暗くし、スマートフォンのライトで壁紙サンプルを照らしては「うーん、これだと影が浅い」「こっちの凹凸の方が立体感が際立つ」と、早朝から大人のこだわりバトルが繰り広げられた。
たかが壁紙1枚。されど壁紙1枚。
「……ふう。たかが壁紙を選ぶだけで、もう1時間半も経ってるぞ」
佐藤が苦笑いしながら時計を見上げると、いつの間にか外はすっかり明るくなり、朝日が窓から差し込んでいた。
「ハハハ! でも最高の選択ができたじゃないか!」鈴木が満足そうに頷いた。「よし、壁紙は『濃い茶色ベースの立体エンボス加工・80sアメリカンレンガ柄』で決定だ!」
「よっしゃ! 次は施工のための採寸と、家具を動かす手順の計画だな!」
朝のコーヒーを飲み干し、おじさんたちの「喫茶店リノベーションプロジェクト」は、着実に第一歩を踏み出していくのだった。




