昼休みのキャッチボール
12時のチャイムが鳴り、山口製作所の作業音が止まった。
仕込みを終えた弁当箱を開け、佐藤が事務室で箸を動かしていると、社長が湯呑みを手にやってきた。
「佐藤くん。噂で聞いたんだけどさ、渡辺さんの畑の端っこで、鈴木さんたちと何か面白いことやってるんだって?」
「あ、知ってるんですか? ええ、余った2×4材でちょっとした物置……というか、半分秘密基地みたいなのをみんなで作ってるんです」
「秘密基地! いい歳したおじさんたちが集まってか? ハハハ、相変わらずあのメンバーは楽しそうなことやってんなぁ!」
社長の大きな笑い声につられて、現場から戻ってきた中堅職人の木村さんと、ベテランの田中さんもお茶を淹れながら会話に入ってきた。
「へぇ、秘密基地ですか。いいですねぇ」木村さんが羨ましそうに息をつく。「俺なんて週末は子どもの習い事の送り迎えと、家族の買い物で終わっちゃいますよ。自分の趣味なんて、ここ何年もやってないな……」
「俺もだなぁ」田中さんも頷く。「子どもが大きくなったらなったで、今度はかみさんと買い物に行くくらいでさ。自分のために時間使うって、案外難しいよな」
「なぁ、俺たちも何かやらないか?」社長が身を乗り出した。「せっかくこれだけ人数がいるんだ。仕事以外で、なんかパッと体を動かせるようなやつさ」
「何かと言われても……サッカーは膝が壊れますよ?」
「ゴルフは金がかかるしなぁ……」
あれこれアイデアが出ては消える中、木村さんがふと思い出したように呟いた。
「……下手に草野球とか、どうです? 試合とか本格的なやつじゃなくて、ただ球打って走るだけのやつ」
「「「おっ!?」」」
社長と田中さんの目が同時に輝いた。
「いいな草野球! 俺、昔使ってたグローブが押入れの奥に眠ってるぞ!」
「俺もありますよ! 革はカチカチになってるでしょうけど、オイル塗れば使えます!」
「佐藤くんはどうだ? 野球やったことあるか?」
不意に振られた佐藤は、思わず笑顔になった。
「小学生の時に少しだけですけど……キャッチボールくらいならできますよ!」
「よっしゃ決まりだ! じゃあ明日、家からグローブ持ってこい! 試合なんてお互い怪我するから、まずは昼休憩とか仕事終わりに、裏の空き地でキャッチボールから始めようぜ!」
「おおーっ!」
社長の号令に、現場の男たちが一気に少年のような顔になった。
AIが弾き出した「最適なメンタルケア」や「福利厚生の運動プログラム」なんかじゃない。
昼休みの雑談から「なんかやろうぜ」「グローブ持ってくるわ」と自然発生的に始まる、他愛もない大人の遊び。
特別な秘密基地づくりも最高だが、こうして職場の中で「明日グローブを持ってくる」という小さな楽しみが生まれる日常も、たまらなく愛おしい。
(革オイル、どこにしまってたっけな……)
午後からの帳簿付けをしながら、佐藤は頭の中で実家の押入れを思い浮かべ、久々の「ボールの感触」を想像して密かに胸を躍らせていた。




