1200円のサンドイッチと、アニメで学んだ日本語
秘密基地の作業ができる週末までの平日。
佐藤は仕事終わりに、よく鈴木の純喫茶へと立ち寄るようになっていた。
「佐藤くん、ちょっと厨房入って手伝ってくれ! 団体さんが入って手が回らん!」
「えっ、僕がですか!?」
急遽、エプロンをつけて厨房に入った佐藤に、鈴木が教えたのはメニューの看板である「ピザパン」と「ホットサンド」の作り方だった。
厚切りの食パンにケチャップとマヨネーズを塗り、玉ねぎとピーマン、サラミを載せてチーズをたっぷり。ホットサンドメーカーにバターを塗り、ハムとタマゴを挟んでギュッとプレスして火にかける。
「……え、これだけですか?」
「これだけだよ。シンプルだけど、出来立てが一番美味いんだ」
トースターから芳醇なチーズの香りが漂い、こんがりと焦げ目のついた熱々のホットサンドが焼き上がる。出来立てを一口かじらせてもらうと、外はサクッ、中はアツアツトロトロで、驚くほど美味かった。
(……待てよ?)
佐藤は頭の中で、東京時代に通っていた渋谷のお洒落なカフェを思い出していた。
ウッドプレートに載せられ、「極上クラフトホットサンド:1,200円」として売られていたあのメニュー。
(あれ……作ってる工程、これと全く同じじゃないか……!?)
あの頃は「AIが厳選した最高級カフェ」の雰囲気に酔い、1,200円を払って「洗練された自分」を買っていたつもりだった。だが、実体は食パンと具材を挟んで焼いただけのシンプルな手仕事なのだ。
「……知らないって、怖いな」
佐藤の呟きに、鈴木が「ハハハ! 都会のメシは『場所代と名前代』が高いからな!」と豪快に笑った。
その後、完成したピザパンを手にホールへ出ると、カウンター席に座っていた初老の男性と目が合った。かつて実家の近所に住んでいた、疎遠になっていたおじさんだった。
「おや……佐藤さん家のともくんかい? おかえり! 帰ってきてたのか!」
「あ……ご無沙汰してます! はい、戻ってきました」
「そうかそうか、元気そうでよかった。また街で会えて嬉しいよ」
「おかえり」という飾らない一言。
東京のコンビニやカフェで受けていた、マニュアル通りの「いらっしゃいませ」とは根本から違う、血の通った温かさが胸に染みた。
その翌日。近所のコンビニに煙草とコーヒーを買いに入った佐藤は、レジを見て目を見張った。
名札に『サンペドロ』と書かれた、背の高い外国人の青年が、テキパキとレジを打っていたのだ。こんな田舎のコンビニにも、グローバル化の波は確実に押し寄せていた。
(おお……外国人の店員さんか。言葉、通じるかな……)
佐藤は都会での癖で、「困ったらスマホのAIリアルタイム翻訳アプリを起動しよう」と画面を用意しかけた。
「いらっしゃいませー! 温めますか?」
しかし、サンペドロ青年の日本語は、発音もイントネーションも驚くほど完璧だった。
「あ、はい。お願いします。日本語、めちゃくちゃお上手ですね……! AIの翻訳機とか要らないですね」
佐藤が感心して言うと、サンペドロ青年は白い歯を見せてニカッと笑った。
「ゼンゼンデスヨ! ボク、母国にいた時から日本の忍者のアニメとか海賊の冒険漫画が大好きで! アニメ観て日本語全部覚えました! 日本のカルチャー、サイコーデス!」
「あ、アニメで……!」
AIや語学学習アプリではなく、圧倒的な「好き」という情熱(と大量のアニメ観賞)で完璧な日本語を身につけていたのだ。
品物を受け取り、店を出ながら佐藤は一人で苦笑いした。
(そういえば……東京にいた時も、外国人スタッフとは普通に日本語で会話してたな……)
「海外からの移住者=AI翻訳機が必要」なんて、勝手に脳内で複雑な設定を作り出していたのは自分の方だった。自分がAI翻訳機を本気で使っていたのなんて、東京の会社で海外の現地取引先スタッフと契約書のやり取りをしていた時くらいだ。
目の前にある現実を見ず、テクノロジーというフィルターを通して世界を見ようとしていた自分。
(1,200円のサンドイッチも、AI翻訳も……俺は頭でっかちになりすぎてたんだな)
手作りのアツアツのピザパンの味と、街の人の「おかえり」の声。
そしてアニメで日本語を覚えたサンペドロ青年の笑顔。
泥臭い現実の面白さを噛み締めながら、佐藤は週末の「秘密基地づくり」に向けて、足取り軽く家路についた。




