検索するAIと、待ち遠しい週末
「……うーん、確かにこれは便利だな」
山口製作所の事務室で、社長がパソコンの画面を覗き込みながら感心したように声を漏らした。
佐藤が導入した月額数百円のシンプルなAIチャットツール。
そこに、社内サーバーに長年溜め込まれていた「過去10年分の見積書」や「製品の仕様書PDF」を丸ごと読み込ませておいたのだ。
「社長、『5年前に〇〇機械さんに納品したカスタムネジの寸法』って、AIに聞けば一瞬で出てきますよ」
佐藤が検索窓に『〇〇機械 5年前 ネジ寸法』と打ち込むと、AIは数秒で該当ファイルを見つけ出し、要約した数値を画面に提示した。
「おお! 今まではホコリをかぶった紙のファイルを手分けして探して、小一時間かかってたやつだ! 翻訳も一瞬だし、確かにこれは助かるなぁ」
社長は笑顔を見せた。
AIを「業務を丸投げする魔法の箱」ではなく、「めちゃくちゃ目ざとい検索係の雑用係」として割り切って使った結果、社内のちょっとしたストレスが見事に解消されたのだった。
だが、画面を眺めながら、佐藤の胸にはふと冷めた感情も浮かんでいた。
(……確かに便利だ。でも、本当に『それだけ』なんだよな)
東京にいた頃、自分はこの手のAIツールに囲まれ、「作業の効率化」や「業務の最適化」という言葉に追われていた。
だが、AIがどれだけ正確に情報を探してくれようが、どれだけ綺麗な文章をまとめてくれようが、そこに「手応え」も「胸の高鳴り」もない。
AIが弾き出した正確な数字の裏にあるのは、現場の職人が汗を流して鉄を削る音であり、電卓を叩いて一円の誤差もなく帳簿を合わせた時の達成感だ。効率化された時間は素晴らしいが、それ自体が人生の目的になるわけではない。
(早く週末にならないかな……)
ふと、自分のデスクのカレンダーに目をやる。
サークルのメンバーは全員、本業がある。
渡辺さんは朝から晩まで畑に出て作物の世話をし、高橋さんは文具の納品に走り回り、小林さんは着物の仕立てをし、鈴木も本業の喫茶店を営んでいる。佐藤自身もこうして山口製作所で電卓を叩いている。
「大人の秘密基地づくり」は、毎日進めるわけにはいかないのだ。
平日の間、小屋の現場はあの「10平米以下・基礎ブロックがぴったりハマった状態」で静かに週末を待っている。
「今週末は、いよいよ縁側のウッドデッキを組むんだっけな……」
佐藤は小さく呟き、口元を緩めた。
便利すぎるAIが瞬時に仕事を片付けてくれる平日のデスクワーク。
だからこそ、「次に集まれる週末」までの時間がたまらなく待ち遠しく、愛おしく感じられる。
効率だけを求めて駆け抜けていた東京時代にはなかった、「待ち遠しい時間を持つ」という贅沢。
佐藤はAIがまとめた画面をスッと閉じると、使い込まれた電卓をもう一度手元に引き寄せ、パチパチと軽快な音を響かせながら、今日の帳簿付けへと戻っていった。




