ゆったり流れる時間と、おっさんたちの七輪
日曜日。佐藤は相変わらず朝早く目が覚めてしまった。
いくら田んぼの風景を眺めても、体のどこかに「時間を無駄にしてはいけない」という都会の癖が残っている。
のんびり流れる東北の時間にどうにも馴染めず、佐藤はマスターが店を開ける午前八時の開店に合わせて、あの古い純喫茶へと向かった。
カウベルが涼やかな音を立てる。
一番乗りだと思っていた佐藤だったが、店に入るとすでに鈴木がカウンターでモーニングのトーストをかじっていた。
「お、佐藤くん早起きだな」
「鈴木さんも早いですね」
「日曜日だからな!……あ、高橋さん」
ガラガラと引き戸が開き、文具屋の高橋さんが入ってきた。さらに数分後には呉服屋の小林さん、続いて作業着姿の渡辺さんまで、申し合わせたわけでもないのに続々と集まってきた。
「みんな、朝からどうしたんですか?」佐藤が驚いて尋ねる。
「いやぁ、学校へのノートの納品が今朝一番で終わっちゃってね。今日はもうオフなんだよ」(高橋)
「私も朝一番で着物のリメイク小物を発送したから、一日暇でねぇ」(小林)
「俺も畑の水やりと収穫は朝六時に終わった! 今日はもう畑仕事は終わりだ!」(渡辺)
みんな、早朝にそれぞれの「手仕事」をひと仕事を終え、すっかりオフモードだったのだ。
「ダラダラ過ごすのも悪かないが、せっかく全員揃ったんだ。何かマニュアルテックなことでもするか!」
鈴木の発案に全員が賛同したものの、テーブルを囲んで腕を組み、うーんと唸り始めた。
「……で、何する?」
「そう言われてもなぁ。畑の草むしりは先週やったし」
「裁縫の材料も今日は持ってきてないですねぇ」
「うーん……何も思いつかん!」
数分間、平和な沈黙が流れた。
東京にいた頃なら、「AIが提案する休日のおすすめアクティビティ」を検索して、分刻みのスケジュールを埋めていただろう。けれど、ここでは何も浮かばない時間すら、誰も焦っていない。
「まあ……そんな日もあるか」
佐藤がポツリと言うと、おじさんたちも「そうだな」「たまには何も作らんのもいい」と笑い合った。
その時だった。喫茶店の裏手にある物置の陰で、渡辺さんが何かを見つけた。
「おい、鈴木! これ昔使ってたバーベキューコンロと、余った炭じゃないか?」
「おお! 去年やったやつだな! まだ使えそうか?」
「バッチリだ! 炭も乾燥してるぞ!」
ほこりをかぶった四角いコンロと、木炭の箱。
それを見た瞬間、おじさんたちの目が一斉に少年のように輝き出した。
「決まりだ!! 今日の活動はベタだけど『バーベキュー』にするぞ!!」
鈴木が拳を突き上げると、渡辺さんも「おう! 採れたてのナスとシイタケ持ってきてやる!」と声を弾ませた。
すると、普段は一番落ち着いている呉服屋の小林さんが、少し照れくさそうにメガネのフチを触りながら言った。
「あの……おじさんしかいませんが……夜になったら、花火もやりませんか? 久しぶりに線香花火がやりたくてねぇ」
「いいねぇ小林さん! 最高だ!」
「よし、スーパーとホームセンターに買い出しだー!」
一瞬で盛り上がり、全員でゾロゾロと店を出た。
日夏の太陽が眩しく照りつける中、近所のホームセンターで大袋の着火剤と打上花火、手持ち花火のセットを買い込む。スーパーでは肉と缶ビール、そしてバケツいっぱいの氷。
「お兄さんたち、昼間から花火かい? 賑やかでいいねぇ」
レジの店員さんに笑われながら、五人はホクホク顔で店を後にした。
時間を効率的に使うわけでもなく、生産性のあるものを作るわけでもない。
ただ、晴れた休日に、手づくりの火を熾して、美味い肉を焼き、夜になったら花火をする。
カチカチと秒針が刻むデジタルな時間ではなく、太陽の動きとともにゆっくり流れる東北の休日。
佐藤は買い出しの袋を両手に抱え、おじさんたちの後ろを歩きながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「佐藤くん、早く来ないと冷えたビール売切れちゃうぞー!」
「あ、待ってください!」
青空の下、おっさんだけの大人の夏休みが、ゆっくりと始まろうとしていた。




