↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕が逃げた利器と得た安住  作者: 藤一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/121

ゆったり流れる時間と、おっさんたちの七輪

日曜日。佐藤は相変わらず朝早く目が覚めてしまった。

いくら田んぼの風景を眺めても、体のどこかに「時間を無駄にしてはいけない」という都会の癖が残っている。

のんびり流れる東北の時間にどうにも馴染めず、佐藤はマスターが店を開ける午前八時の開店に合わせて、あの古い純喫茶へと向かった。

カウベルが涼やかな音を立てる。

一番乗りだと思っていた佐藤だったが、店に入るとすでに鈴木がカウンターでモーニングのトーストをかじっていた。

「お、佐藤くん早起きだな」

「鈴木さんも早いですね」

「日曜日だからな!……あ、高橋さん」

ガラガラと引き戸が開き、文具屋の高橋さんが入ってきた。さらに数分後には呉服屋の小林さん、続いて作業着姿の渡辺さんまで、申し合わせたわけでもないのに続々と集まってきた。

「みんな、朝からどうしたんですか?」佐藤が驚いて尋ねる。

「いやぁ、学校へのノートの納品が今朝一番で終わっちゃってね。今日はもうオフなんだよ」(高橋)

「私も朝一番で着物のリメイク小物を発送したから、一日暇でねぇ」(小林)

「俺も畑の水やりと収穫は朝六時に終わった! 今日はもう畑仕事は終わりだ!」(渡辺)

みんな、早朝にそれぞれの「手仕事」をひと仕事を終え、すっかりオフモードだったのだ。

「ダラダラ過ごすのも悪かないが、せっかく全員揃ったんだ。何かマニュアルテックなことでもするか!」

鈴木の発案に全員が賛同したものの、テーブルを囲んで腕を組み、うーんと唸り始めた。

「……で、何する?」

「そう言われてもなぁ。畑の草むしりは先週やったし」

「裁縫の材料も今日は持ってきてないですねぇ」

「うーん……何も思いつかん!」

数分間、平和な沈黙が流れた。

東京にいた頃なら、「AIが提案する休日のおすすめアクティビティ」を検索して、分刻みのスケジュールを埋めていただろう。けれど、ここでは何も浮かばない時間すら、誰も焦っていない。

「まあ……そんな日もあるか」

佐藤がポツリと言うと、おじさんたちも「そうだな」「たまには何も作らんのもいい」と笑い合った。

その時だった。喫茶店の裏手にある物置の陰で、渡辺さんが何かを見つけた。

「おい、鈴木! これ昔使ってたバーベキューコンロと、余った炭じゃないか?」

「おお! 去年やったやつだな! まだ使えそうか?」

「バッチリだ! 炭も乾燥してるぞ!」

ほこりをかぶった四角いコンロと、木炭の箱。

それを見た瞬間、おじさんたちの目が一斉に少年のように輝き出した。

「決まりだ!! 今日の活動はベタだけど『バーベキュー』にするぞ!!」

鈴木が拳を突き上げると、渡辺さんも「おう! 採れたてのナスとシイタケ持ってきてやる!」と声を弾ませた。

すると、普段は一番落ち着いている呉服屋の小林さんが、少し照れくさそうにメガネのフチを触りながら言った。

「あの……おじさんしかいませんが……夜になったら、花火もやりませんか? 久しぶりに線香花火がやりたくてねぇ」

「いいねぇ小林さん! 最高だ!」

「よし、スーパーとホームセンターに買い出しだー!」

一瞬で盛り上がり、全員でゾロゾロと店を出た。

日夏の太陽が眩しく照りつける中、近所のホームセンターで大袋の着火剤と打上花火、手持ち花火のセットを買い込む。スーパーでは肉と缶ビール、そしてバケツいっぱいの氷。

「お兄さんたち、昼間から花火かい? 賑やかでいいねぇ」

レジの店員さんに笑われながら、五人はホクホク顔で店を後にした。

時間を効率的に使うわけでもなく、生産性のあるものを作るわけでもない。

ただ、晴れた休日に、手づくりの火を熾(おこ)して、美味い肉を焼き、夜になったら花火をする。

カチカチと秒針が刻むデジタルな時間ではなく、太陽の動きとともにゆっくり流れる東北の休日。

佐藤は買い出しの袋を両手に抱え、おじさんたちの後ろを歩きながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

「佐藤くん、早く来ないと冷えたビール売切れちゃうぞー!」

「あ、待ってください!」

青空の下、おっさんだけの大人の夏休みが、ゆっくりと始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。