3.
昼食後、午後の講義が始まるまでの間を、マティアスは中庭に面したルーフバルコニーのベンチで時間を潰していた。南棟の二階には各教員の研究室が並ぶため、読書にちょうどいい静かで落ち着いた場所である。
実のところ、マティアスがこの場所を選ぶのは、読書のためだけではない。級友を含めた他生徒との接触を避けるためである。「過去」を思い出して以降、不用意に関わる心境になれなくなった。
なにしろ入学時に親しくなった内の一人は、後にエレナを失った遠因になった。他にも、実はこちらを妬んでいたのだと知っている相手もいる。マティアスは、何も知らないふりで付き合いを続ける気にはならなかった。
目が疲れ、立ち上がって伸びをしてから、欄干に乗り出すようにして中庭を眺める。
木々はすでに色付き始めている。やがてブナはブロンズ色に、オークはセピア色に染まるだろう。眼下を見下ろせば、シュウメイキクが風にそよそよと揺れている。フクシアはすでに咲き終わりに近いようで、名残の数輪がぽつぽつと赤色を添える。
翌月になって制服が冬の装いへと変われば、ここでの読書は、少々厳しくなるだろう。
すでに季節を一巡したおかげで、だいたいの予定もわかっている。前年の冬は自室に引きこもるしかなかったが、少し前にちょうどいい場所を見つけておいた。
そろそろ教室に行こうかと欄干に背を向けたとき、階下から聞こえた声がマティアスの足を止めた。複数の女生徒がおしゃべりに興じている様子だ。中庭沿いの回廊から、一階の教室に戻ってきたようだ。
彼女たちの会話に、何回かユリウス・クロイツァーの名が上がっている。会話の中身がはっきり聞こえるわけではなかったが、聞き取れた単語を繋ぎ合わせれば、ユリウスがロシュタール伯爵令嬢と婚約した、という話題だと推測できた。
以前は、この婚約の話はユリウス本人の口から聞いた。両家の縁結びについて、入学前から持ち上がっていた。それがその年の夏休み中に、正式に決まったそうだ。といっても、それはユリウスとその友人たちの話題に上った折りに、マティアスがたまたま近くにいて、耳に入ったというだけだ。
彼らがなぜそのような話に至ったのか、その話の直後に皆がどのように反応したのか、マティアスはまるで思い出せない。そのときに心を覆ったもやもやした感覚だけを覚えている。
二人の婚約の確定については、すぐに生徒たちの間に伝わった。そしてそれがエレナにとって厄介な出来事を引き起こすきっかけになったのを、マティアスは知っている。
かしましい少女たちが教室に入ったのか、声音がまったく聞こえなくなったのに気付いた。代わって鐘楼の鐘の音が耳に入る。
マティアスは、ベンチから本を取り上げて、階下へと向かった。




