表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/7

2.

 中庭を抜けたマティアスは、敷地の外れにある温室へと足を向けた。木枠の軽い扉を開けると、室内の温気とともに、湿った土と青葉の匂いが押し寄せてきた。ガラスの天井から差し込む光が、木々の葉影を地面に落としている。


 肌寒い季節はとうに過ぎ、だが夏休みはまだ遠い。学校生活に慣れて制服も馴染んだが、課題の多さに辟易としている。そんな頃だった。


 マティアスは細い通路沿いに植えられた木々の間を縫うように歩いた。シダ植物が群生する奥、アンスリウムとカトレアが咲き乱れる区画へと進んだ。


 鉢植えの花々が並んでいる。その中でもひと際大きな、マティアスでも抱えられないほどの素焼きの鉢にメディニラ・マグニフィカが植えられている。その前にしゃがみ込み、華やかなピンク色の花房と大きくて肉厚な濃緑の葉を押しやって、鉢の向こう側へ手を伸ばした。


 手探りして間もなく、指先が何かに触れた。掴み上げると目的の品だった。黒檀で縁取りされた手鏡だ。鏡面に泥が付着していたので、マティアスは丁寧にハンカチで拭き取った。


 何度も目にした蔦の模様を指先でなぞると、前回のエレナがこの温室内で捜し回っていたときの光景が思い浮かんだ。


 あの日、彼女は朝の水やり当番だった。当番というのは正確には違う。貴族ばかりの生徒たちに、学校側は雑用などさせない。ガーデニングが趣味の数人が、自主的にやっていただけだ。その水やり中に、エレナは手鏡を落としてしまったのだ。


 入室した直後に、入口脇のシダに引っかかった髪を整えるために使用したので、そのときには確かにあった。紛失に気付いた場所から温室までの道すがらには見つからなかったから、温室内にあるはずだ。彼女がそう言ったのを思い出す。


 次いで、なかなか見つけられずに半べそになっていた顔も浮かんできた。植物スケッチの課題でやってきたマティアスが、見かねて手伝いを申し出るくらいには、泣き出しそうな様子だった。


 結局その後、一時間かけて二人で探し回ったのだ。


 以前はそれが、二人の距離を近づけたきっかけだった。だが今回は、彼女がここへ戻ってくる前に、回収しておこうと思った。


 マティアスは手鏡を上着の内ポケットにしまい込み、足早に温室を後にする。


 教員室を訪ねた。入口脇のカウンターを覗いたが誰もいなかったので、マティアスは開けっぱなしの扉側から、近くにいた女性に声をかける。都合がいいことに、一年生を担当していない教員だ。


「これ、温室に落ちていました」


 手鏡を差し出すと、その女性教員は反射的に受け取った。


 何か言われる前に、そそくさとその場から退散し、廊下の喧噪に紛れる。名乗りもしなければ、まともに目を合わせもせず、教師に対する礼儀として誉められたものでないのは承知の上だ。特徴のない顔立ちの、在学数ヶ月の一年生など、長くは覚えていないだろうと期待してのことである。


 数日後に、渡り廊下を歩いているとき、偶然エレナと擦れ違った。ちょうど彼女は、隣を歩く女生徒に笑顔を向けながら、無くした手鏡が戻ってきたのだと嬉しそうに話しているところだった。


 マティアスは立ち止まりもしないで、その場を過ぎた。


 教室の移動で建物を出る。渡り廊下を歩いていると、緩い風が通り抜けていった。足元の影は、入学時に比べるとずいぶんと色濃くなっているのに気付いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ