27.
低く重厚な鐘の音が響き渡る。
その響きに、マティアスは我に返った。数瞬だけ自分がどこにいるかわからなくて混乱したが、眼下の神殿に気付き落ち着いた。ユリウスとエレナの結婚式を窺いに来たと思い出す。
神殿で儀式を執り行う際、一度目の鐘は始まり、二度目の鐘は終わりを示す。つまり結婚の儀が滞りなく終わったという意味である。どうやら長いことぼうっとしていたようだ。
折しも神殿の中庭に面した扉が開け放たれて、礼拝堂の奥から参列者たちが外に出てくる。色鮮やかなドレスと黒い礼服が、広い敷地のあちこちに散らばっていった。丘の上からではチェスの駒ほどの大きさにしか見えず、顔の造作まではわからないが、見知った何人かは区別が付いた。
参列者の波が落ち着いた頃、最後に一組の男女が連れ立って姿を現した。男性は漆黒の礼服に身を包み、女性は純白のドレスを纏って、その背には白いベールが流れている。主役の二人であるのは明らかだ。
マティアスは目を細め、その二人をじっと見つめた。
堂々とした花婿と優雅な花嫁は、中庭へと続く石段を下っていった。やがて、二人並んで芝生の庭に降り立つ。花婿が花嫁に顔を向けて何か話しかけた。花嫁は顔をあげ、隣を見上げる。表情など見るべくもないが、おそらくは優しげな笑顔を向けるユリウスに、エレナは花のように笑い返したはずだ。
瞬きすら忘れたかのように、マティアスは微動だにせず見つめ続ける。胸は痛んだが、見届けなくてはならないと思った。
皆が一斉にグラスを掲げると、祝宴が始まった。片隅に控えていた楽団が楽器を構えた。華やかな旋律が、楽しげな雰囲気と共に、風に運ばれて丘を登ってくる。
陽気な演奏を聞きながら、マティアスはぎゅっと硬く瞼を閉じて、仰向く。目を開くと、抜けるような青空が広がっていた。
マティアスは、もう一度視線を落とし、輝くような純白のドレスを眺める。それから、踵を返して、丘の斜面を反対側へと歩き始めた。
木漏れ日を浴びながら坂を下る。ふと、風が葉を揺らす音や草木の匂いに気付いた。久しく覚えがなかった感覚だなと思った。そのうちに傾斜が緩やかになり、歩みを早める。回収した上着は一旦羽織ったものの、歩くうちに暑くなってきた。また脱いでしまおうか迷い始めた頃、小径に出た。
辺りを散策するために設けられている遊歩道だ。丘を回り込むように進むと、やがて神殿に沿った石畳の道へと続く。そちらの道に出る手前で、梣の木陰に馬を繋いでいた。馬のほうで気付いて首を上げ、マティアスは声を掛けながら近づいていった。
馬に頭絡を付けるために、首筋を撫でて合図をし、リードロープを外そうと結び目に手を掛けたときだった。石畳のほうから足音が近づいてくる。顔を向けると、ちょうど視線の先、小径と交わるその場所に一人の女性が現れた。
マティアスは、リードロープを握ったまま、身動きできなくなった。
上質な青いドレスを纏った彼女は、そのままこちらへと歩み寄ってくる。かなりの早足ですぐに目の前までやってきた。
頬を紅潮させ、汗ばんだ額に後れ毛が貼りついていた。少し開いた唇で浅く呼吸しながら、肩を大きく上下させる。その様子に、明らかに走ってきたのだとわかった。
エレナだ。マティアスは言葉を失って棒立ちとなった。
「こんなふうに、走るなんて、体操の、授業以来だわ」
息を切らせたまま、彼女が言った。
二人は向かい合って視線を重ねたまま、しばらく無言でいた。
ようやく落ち着いてきたところで、エレナがふいに目を逸らし、乱れた髪を手ぐしで梳いて整える。それから改めてこちらを向いた。
そしてエレナは、にっこりと輝くような笑顔をマティアスに向けた。




