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20.

 マティアスはロシュタール伯爵家について聞き込みを始めた。


 当初は、ミヒャエルの身上調査を業者に依頼した。だが、調査事務所から届いた報告書には、出自が記載されていなかった。報告内容は、地方都市の出身であり、成人後に王都で見習い事務員として職に就き、現在は有力な商会の書記をしている、というものである。伯爵家との関係性はわからずじまいだった。


 伯爵夫人の姿を思い出す。顔を合わせたのは数回だが、長女を弱小子爵家に縁づかせるのはさぞかし屈辱だったのだろう、渋面しか見たことがない。あからさまに、こちらを見下している様子だった。


 あの夫人が、家の弱みを簡単に漏らすはずもないと思い、それ以上の調査依頼は諦めた。そうなると自分で確認して回るしかない。


 といっても、他家の内実に首を突っ込むような無作法な真似は、表立ってできない。せいぜいが父の見舞いに訪れた者への挨拶に織り交ぜたり、父の代理で他家を訪ねたときに話題に上げたりしながら、それとなく聞き出すくらいだ。


 欠片を集め、継ぎ接ぎを作り、それをさらに繋ぎ合わせていく。繰り返すうちにやがて形が見えた。数ヶ月ほど経った頃に、マティアスにも大体のところがわかった。


 すべての始まりは、伯爵が学院に通っていたときに遡る。まだ令嬢だった現伯爵夫人が、子爵令息だった現伯爵に一目惚れした。ただ、それだけだ。


 確かに伯爵は、整った顔立ちと引き締まった体躯を、今も保っている。さすがに年齢による衰えは見て取れるが、それを差し引いても充分に魅力的な容姿だ。若かりし頃など、さぞかし女性人気が高かったろうと思われた。


 一方の夫人は、権力と財力を誇る伯爵家の一人娘だ。両親に甘やかされて育ち、望めばたいていのものが手に入る立場だった。


 その彼女が子爵令息を婿に望み、両親はそれを後押しした。当の子爵令息の意に反して。


 一方的な執着は、当時かなりの話題だったらしい。令嬢が学院内でつきまとい続ける姿と、令息が困り切った顔で断り続ける様子を、大勢の者が覚えていた。当時の同級生によれば、「伯爵家から持ち込まれた縁談に困っている」と本人が零した場に居合わせたという。別の者は、令息には平民の恋人がいたことを記憶していた。


 証言を得た相手の中には、マティアスの父当人も含まれる。見舞い客への挨拶に父の部屋を訪れたときのことだ。客人と父の話が学生時代を懐かしむ流れになったので、同時期に伯爵と伯爵夫人も在籍していたことを話題に加えてみた。自分との縁戚関係を強調して、軽い調子で「夫人の一目惚れだったそうですね」と水を向けたのだ。だが、二人はどちらもどこか気まずげに言葉を濁し、別の友人の話へと切り替えてしまった。


 その客が辞去した後で、父からロシュタール伯爵夫妻が結婚した経緯に関しては、あまり人前に持ち出さないほうがいいと言われた。なぜかと問うと、少し間を置いてから、その当時下級生だった父と友人は、令息と令嬢とのやりとりを実際に見たことがあるのだと答えた。


 令息が、自分には将来を約束した恋人がいるため受けることはできない、と強く言い切った。すると令嬢は、綺麗な笑顔を浮かべた。


「私がお願いすれば、お父様もお母様もすべて叶えてくれますのよ。それこそどのような手を使ってでも」


 そのときの令嬢に、父も友人もぞっとしたのだそうだ。無邪気としか言いようのない笑顔にも、艶やかな声音にも、甘さを含んだ話し方にも、話す内容にも、なにも恐れるような要素などなかったにもかかわらず。


 不用意に近づいてはならない存在だ。そう確信したという。


 そのときの記憶があったために、マティアスに来た縁談には躊躇したのだと父は語った。だがすぐに、「それは杞憂だったが」と付け加えた。


「実にいい子だった。それこそお前の嫁になどもったいないほどにな。父親似だったのだろう」


 さらにエレナへの褒め言葉が溢れる。それに頷きながら、マティアスは込み上げてくる感情を押し殺した。無意識にウェストコートのポケットを上から押さえ、生地ごしに懐中時計を握りしめた。

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