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ある騎士の物語

ーームエキルナ歴 197年

ロンス地方 シャンゼールーー


ドドド…… ドドドドド……


 街外れのなだらかな丘を、健脚(けんきゃく)自慢の馬たちが駆けて行く。黒、茶、白の他に(まだら)のものもいる。


 ごく(まれ)に覗く海の青と、丘を(おお)う緑とのコントラストが美しい。ロンス地方の海岸線は、断崖(だんがい)が連なっており、そのほとんどが緑の()える丘陵(きゅうりょう)地だ。此処より更に北方で、直接海に面しているダノマークに比べると、海の見える場所は限られる。それでも、街外れの一部の丘からであれば、地形の都合で海がよく見える。


 太陽の光を反射するのは、ダノマークでは大海原、このシャンゼールでは白い家屋という風に相場(そうば)が決まっている。


 シャンゼールは、人々が住まう民家も、街中に多数点在(てんざい)する教会も、外側が独自性のある白い塗り壁で統一されている。ロンス地方に灯台があまり建てられなかったのは、昼間は建物の外壁が太陽の光を眩しいぐらいに反射するからだ。天候を管理している神ユピテルも、「(われ)がロンスの白を()でる限り、晴れの日が増えるだろう」と言ったらしい。


ゴーン ゴーン ゴーン


 何処かの教会の鐘が響く。この地方をまとめているのは、シャルルマーニ。彼は、各種族が神々への感謝を伝える際の決まりごとを策定(さくてい)した。神と他種族との友好を推進しつつ、種族ごとに神々からの恩寵(おんちょう)に不公平さが出ないように調整したりといった功績(こうせき)もある。それらが体系的に整理されて行き、皆に受け入れられ、意見交換やルールの確認を皆で行うために毎週集まるようになり、親交(しんこう)を深める場が求められるようになった。そうして自然発生的に出来上がったのが教会であり、今となっては各コミュニティーごとに建立(こんりゅう)されている。


ゴーン ドドド…… ゴーン ドドド……


 鐘の音で目立たなかった馬の足音が、距離が近づくにつれて人々の耳にも届くようになる。


ドドドドドド……


「止まれ!」


 先頭を行く馬に乗る男が、右手をサッと上げ、後続の騎馬隊へ停止の合図(サイン)を出す。皆がそれに従い、丘と街の境目ーー煉瓦(れんが)の門の前で、騎馬隊は停止した。


カツ コツ カツ


 石造りの床を固い靴で踏みしめ、青いマントをはためかせ、壮齢(そうれい)の男性が騎乗している男の前へ進み出た。


「シャンゼール守備隊長、ド・ゴールである。」


 剣先を真っ直ぐに天に向け、両手で抱えた剣の束をへその前あたりに固定しながら、街から出てきたド・ゴールが名乗った。(かぶと)よりギリギリ高いところに見えているかどうかといった位置の剣先に、角度によっては太陽の光が当たるので、キラリと光ったそれの所為(せい)で数名が眩しそうにした。


「シャルルマーニ(こう)の十二騎士が一席、オジェ・ルーである。」


 馬から降り、ド・ゴールと同じ所作で礼儀正しく騎士も名乗る。全く同じ形式で挨拶を交わした二人だが、オジェ・ルーの持つ方の剣はやや個性的な外観をしていた。ド・ゴールもそこに目を付けた。


「こ……この剣は……」


 未だに空に向けられているオジェ・ルーの剣の先端は、欠けていた。刀身が一般的な剣より短いため、欠けた剣先はオジェ・ルーのちょうど口元あたりの高さで固定されている。


「まさしく……無尖先剣(コルテナ)!」


 ド・ゴールが口にしたその名に、数名がどよめく。


「コルテナだと!?」


「あの剣は折れた筈だ」


「別の剣を作ったんじゃないのか?」


「あれがコルテナとは思えんがな……」


 興味を持った街の人々がわらわらと集まって来ていたため、各自が口々に自らの思うところを述べ、場が混沌(こんとん)とする。


静粛(せいしゅく)に!」


 ド・ゴールの一喝(いっかつ)により、街の入り口が静けさを取り戻す。


「して、オジェ・ルー(きょう)よ。今日はいかがなされた。」


「シャルルマーニ公にお目通り願いたい!」


 ド・ゴールの言葉の最後の方に(なか)ば被せるようにして、オジェ・ルーは即座(そくざ)に回答した。


 あまりの速さに、ド・ゴールは面食らった。いつもは冷静で表情を崩さないが、思わず目を丸くして固まってしまったのだ。オジェ・ルーの置かれている状況と、そこからはおよそ想像のつかないような要求が飛び出たからである。


「……それは……正気か。」


 かつてはシャルルマーニ公の右腕とまで言われ、一廉(ひとかど)の人物として知られた者へのせめてもの敬意として、礼儀ある接し方をしていた。だが、ド・ゴールは思わず声も低くなり、語尾も雑になった。


「私の立場は、私が一番よく(わきま)えている!」


 覚悟を決めている顔だ。


「それでも今は……」


 一瞬、ほんの一瞬だけ、オジェ・ルーの苦悩が垣間(かいま)見えた。(ひたい)(しわ)を寄せた僅かな間のその表情変化に気づいた者は、ほとんどいないだろう。


「……このコルテナがいかにして(よみがえ)ったか……それを伝えねばならんのだ!」


スチャッ


 挨拶して以降は(しばら)くそのままだった姿勢を初めて崩し、両手から右手一本に持ち替えたコルテナを真上に突き上げる。チラリと覗いた年齢に見合う長い白髪とは対照的に、眼光の鋭さは今もなお青年のようで……


 ド・ゴールは、合戦の合図かのようなその動作に、シャルルマーニ公の(かたわ)らで剣を振るうあの頃のオジェ・ルーの面影を見た。いや、面影ではなく、聖騎士(パラディン)オジェ・ルー卿まさしくその人が、そこにいた。ここにいる何人が同じ視点を持ち得るか、それはド・ゴールとしても判断がつかない。だが、少なくとも自分自身は、あの頃のオジェ・ルーを知っている。若き日のド・ゴールもまた、何を隠そうサムソンの戦いに参加していた一人だ。一兵卒(いっぺいそつ)としてではあったが。


 美しき白亜(はくあ)の街を(まも)るため、シャルルマーニと十二の騎士は剣を振るった。神々の舞を見るかの(ごと)く、彼らの卓越(たくえつ)した剣技はあまりに美しかった。命を刈り取るという所業(しょぎょう)を思うと不謹慎な表現かもしれないが、あまりに流麗(りゅうれい)(すき)がなく、演劇でも見ているかのようだった。


 十二人の中に、シャルルマーニ自身の盟友や親戚なども含まれる状況で、オジェ・ルーの出自(しゅつじ)はやや異彩(いさい)を放っており、それがために特に当初は色眼鏡で見られることもあったが、その忠誠心やひたむきさ、他の十一人にひけを取らない剣の腕前が、彼の存在感を高めて行った。十二騎士への羨望(せんぼう)の眼差しは強く、慈雨(じう)の如く賛辞(さんじ)を浴びせられる機会も少なくなく、信頼を勝ち取ったオジェ・ルーも例外ではなかった。あの日までは。


「オジェ・ルー……卿よ。」


 ド・ゴールは、かける言葉を見定めるかのようにゆっくりと声を出した。現在のオジェ・ルーに対する民衆の認識は、シャルルマーニを裏切ったかつての十二騎士である。(むし)ろ、騎士の(くらい)剥奪(はくだつ)されずに済んでいるのは、それまでの彼の貢献(こうけん)と、それに(むく)いるシャルルマーニ公の温情であろうことに疑問の余地はない。


 そういった内情(ないじょう)を知っていたからこそ、つい今し方までは、今さら何をノコノコやって来たのだとド・ゴールも思っていた。


 しかし、その他大勢と態度を同じくするには、目前に立つオジェ・ルーは余りにも堂々としており、皆が(あこが)れた十二騎士の一人のままだった。彼の脳内に保存された過去のオジェ・ルーと、現在(いま)コルテナを掲げているオジェ・ルーに差異がなく、それが彼を躊躇(ちゅうちょ)させた。一度はオジェ・ルーと呼びかけたが、思い直して『卿』を付けたところに、彼の心中(しんちゅう)葛藤(かっとう)(にじ)み出ている。


「コルテナが蘇ったと言ったな。」


 ド・ゴールの台詞(せりふ)を聞いた群衆から、肯定とも疑念ともとれる、何とも言えない息のような声が漏れ出た。


「叶うなら、私が改めさせていただいてもよろしいか。」


 悩み抜いた結果、ド・ゴールが下した結論はこうだった。


 以前の戦いで折れたコルテナが本当に蘇ったのか、自身の目で確かめる。もしそれが真実なら、いきなり謁見(えっけん)とまでは行かなくとも、せめてシャルルマーニ公にオジェ・ルー卿の来訪を知らせるぐらいの対応はするべきだろう。


「喜んで……この剣を(あず)けよう。」


 そんな魂胆(こんたん)を見抜いているのか、オジェ・ルーはすんなりと剣を差し出した。左の掌に刀身の上部を、右の掌に柄を乗せ、片膝を立てる彼の姿は、更にド・ゴールの心を揺さぶった。たとえ守備隊長といえども、およそ一人の兵に対する聖騎士の接し方とは言えないからだ。


コトッ


 ド・ゴールの両手に、コルテナが静かに収まる。神の悪戯(いたずら)で欠けたその剣先を有効活用し、オジェ・ルーは見事な剣さばきで戦っていた。回想の向こう側で、敵の槍兵の突きを絡め取ったり、刃と刃が交差する均衡(きんこう)を上手い具合に崩したりと、あの頃の彼の勇姿(ゆうし)が舞い踊る。


 裏返したり、少しだけ持ち上げて太陽の光を当ててみたり、思いつく限りの手法で鑑定(かんてい)(まが)いのことをやってみるが、ド・ゴールに取ってはそれらはただのパフォーマンスに過ぎない。群衆を納得させるための無意味な行為なのだ。


 なぜなら、今ド・ゴールが手にしているのは、間違いなくあのコルテナなのだから。


息災(そくさい)なようで何よりだ、ド・ゴール殿。」


 オジェ・ルーは、群衆には聞こえない声量で話しかけた。


「覚えておられたとは……」


 参戦していたのは若い時分(じぶん)の話。容姿も雰囲気もとうに変わっていよう。ましてただの一兵卒の名を覚えているとは、予想だにしていなかった。


「そなたがこのコルテナを見誤ることは有り得ない。守備隊長がそなたと知り、私はこの幸運を神に感謝したよ。」


 サムソンの戦いにて、特に苛烈(かれつ)を極めた日があった。若きド・ゴールもまた、一進一退の続く激戦区へとその身を投じ、剣を振るっていた。


======================


 一瞬の油断だった。長い格闘の(すえ)、自身の剣を失いながらも、やっとのことで二人の敵を薙ぎ倒し、目の前から敵の姿が消えた。場を切り抜けたという安堵(あんど)感もあったのだと思う。次はどの乱戦に参加しようか、倒れた敵のものでも良いから手頃な剣はどこかにないかと、どことなく漫然(まんぜん)としながら前方を見回し、後方への注意を欠いた。迫り来る敵兵に気付かずに。


 少し離れた場所で戦闘中だったオジェ・ルーは、視界の端に味方の歩兵の窮地(きゅうち)を捉えた。


「これを使え!」


 ほぼ反射的に体が動いた。愛馬の(くら)に備え付けてある短剣に左手をかけ、直前まで握っていたコルテナを右手で投げ、投げ終えた右手に左手から短剣を手渡し、斜め横の敵兵の剣を受け止める。その(かん)、ほんの一秒。


 ド・ゴールは、自軍の主力戦力である聖騎士から突如貸し出される形になったコルテナを受け取り、間一髪(かんいっぱつ)のところで敵兵の剣を(はじ)いた。冷や汗が額に浮かんだ。


ギギギッ


 敵の剣を受け止めたのは、丁度コルテナの欠けた部分だった。ド・ゴールは、無我夢中でオジェ・ルーの戦い振りの再現を図り、彼が平生(へいぜい)やっているのと同じように見事に相手の剣を絡め取った。


キンッ……


 薙ぎ払うようにコルテナを後方へ振るうと、欠けた部分に絡まっていた敵兵の剣が解放される。


クルクルクルクルクル


 敵兵の剣は、()を描きながら明後日の方向へとすっ飛んで行った。


「なに!?」


 絶句して固まっている敵兵に(とど)めをさすことは容易(たやす)い。


ザンッ!


「お見事!」


 剣を敵兵へ突き立てたド・ゴールの真後ろに、件の剣の本来の持ち主がやって来た。


「あ、あ、ありがたきお言葉! 命を救っていただき、なんとお礼を申し上げればよいか……」


 慌ててコルテナを引き抜き、あたふたしながらもなんとか感謝の言葉を捻出(ねんしゅつ)する。


「よいよい、普通に話せ!」


 聖騎士が気さくな方で助かったなどと思いながら、ド・ゴールは片膝を立て、両の掌に乗せたコルテナを持ち主へ返却しようという動作を見せた。


「そなた、名は何という。」


 馬上のオジェ・ルーは、コルテナをすぐに受け取ろうとはせず、目の前にいる歩兵の名を(たず)ねた。


「ド・ゴールと申します。」


 相手が名乗り終えるのを確認してから、オジェ・ルーはコルテナを受け取るためにようやく手を伸ばす。


「ド・ゴールよ。先ほどは見事な剣さばきであった。」


スチャッ……


 未だド・ゴールの掌にあるコルテナの柄に、オジェ・ルーが手をかける。刀身に刻まれた狼の紋様(もんよう)が、陽の光を受けて薄い虹色を()びる。


「将来、そなたがこのコルテナを手にする日が来るやもしれぬな。」


 言い終えると同時に茶目っ気のある笑顔を向け、オジェ・ルーはコルテナを手にし、(きびす)を返して乱戦の中へと戻った。


======================


「ほら、言った通り……貴殿がコルテナを手にする日が来ただろう。」


 そう言って見せた茶目っ気のある笑顔は、二人をあの日のオジェ・ルーとド・ゴールに戻し、(つか)()の時間旅行を成立させる。


「シャンゼールの民よ、聞いてくれ。」


 現実へ戻ったド・ゴールは、敢えて大仰(おおぎょう)な物言いで呼び掛ける。


「皆のほとんどが知るように、私も若くしてサムソンの戦いで剣を振るった一人だ。」


 群衆の中で、ある程度の人数が(うなず)く。若い世代はあまりピンと来ていないようだが。


「このオジェ・ルー卿がコルテナを振るう姿を間近で見る機会にも恵まれた!」


 やおら群衆が色めき立つ。


「なんと!?」


「それは知らなんだ。」


「コルテナをか!」


 場が静まるのを待つド・ゴールの真摯(しんし)さは、群衆を十分に惹き付けていた。彼の守備隊長としての信頼と尊敬も一助(いちじょ)になっているのだろう。


「これなるは、紛うことなきコルテナ! 一度は折れたが、今こうして再び顕現(けんげん)したのだ!」


 ド・ゴールの言葉をそのまま信じる者もいれば、首を傾げたり、穿った見方を未だに変えない者もちらほらと見受けられる。


「欠けた剣先、狼の紋様、虹色の光……」


 言葉を途切れさせず、今度はコルテナをコルテナ()らしめる特徴を挙げて行く。


「……全てが再現されている!」


パチパチパチパチ


 数名が拍手をした。それに流される形で、ド・ゴールの言葉を信じようとする者の数が増えて行く。


「だが!!」


 一際(ひときわ)声を張り上げて、再び注目を集める。意図的に。


「この者の……」


 かつての命の恩人に、尊敬すべき聖騎士に、たとえ便宜上(べんぎじょう)でもこういった扱いをしなくてはいけないという事への良心の呵責(かしゃく)が、ほんの一瞬言葉を詰まらせる。


「……所業(しょぎょう)はおよそ許されたものではないかもしれぬが、コルテナが蘇った以上、私はシャルルマーニ公にこの件を報告するべきだと思う!」


 ド・ゴールの考えにほぼ全員が同調する中、一人の青年が手を上げて進み出る。


サササッ


 ある程度知られた人物なのか、群衆が青年のために間隔を空けて道を作る。


「なんだ、ローランド。」


 ド・ゴールは嫌な予感がしたが、ここで無視をするわけにもいかず、ローランドというその青年に水を向ける。


「その剣がまことに神から(たまわ)りしコルテナなら……」


 群衆も、オジェ・ルーも、ローランドが次に如何なる言葉を発するのかと注目した。


「……たとえこの我が挑もうとも、ド・ゴール殿が負けることはないのでは?」


 嫌な予感は的中した。稀代(きだい)の剣士として若くして頭角(とうかく)を表したローランドは、今やロンス遊撃隊の隊長に着任(ちゃくにん)している。老いて(おとろ)え始めたド・ゴールの腕では、まともに戦っては勝ち目がないのだ。


 片目は瞑り、開いたままのもう片方の目は、やや上方を向いてド・ゴールを試すような目付きを作っている。


 ド・ゴールは、チラッとオジェ・ルーを見た。


 オジェ・ルーは、黙って頷いた。


ザザッ……


 まだド・ゴールの前で片膝を立てていたオジェ・ルーは、素早く立ち上がり、何も語らぬまま場を(ゆず)った。


スッ……


 ド・ゴールもまた、言葉を発することのないまま、コルテナを構えて半身(はんみ)になった。


「肯定と捉えますよ、ド・ゴール様。」


 目論見(もくろみ)通り、上手く挑発に乗せてやったと内心(よろこ)びながら、ローランドも自身の剣を抜いて構える。


「神よ、我に力を……」


 ド・ゴールは、自分にしか聞こえないぐらいの声量で、神に祈った。


キンッ


 群衆が固唾(かたず)を飲んで見守る中、ローランドの電光石火の仕掛けで戦いの火蓋(ひぶた)が落とされた。


 一息に間合いを詰めるや否や、黒き刃をド・ゴールに向ける。


 彼の持つ漆黒剣(タナトス)に、神々が力を与えた事実はない。だが、何か別の力が宿っていることは明白だった。その力がどこから来たのかはまた別の話。


カッ カッ キン カッ


 目にも止まらぬ速さで振るわれるタナトスを受けてもなお、コルテナはその形状を保っていた。意気揚々(いきようよう)と斬りかかったローランドだったが、刃毀(はこぼ)れ一つ起こさないその刀身に面し、恨めしげに睨みつけた。


「これがコルテナってのは本当らしいな……」


ギンッ……


 タナトスに宿る力により、並の剣であればただ刃を交えただけで砂のように崩れ行く。腐敗し、まるで内側から別の物質にでも変わったかのように。


カッ カカカッ キイン……


 だが、これだけ丁丁発止(ちょうちょうはっし)とやり合っていても、コルテナはコルテナとしての(かたち)を保ったままなのだ。


「なら……」


 タナトスの効果ではなく、物理的に圧倒するという方面に戦術の(かじ)をきったローランドが更に速度と力を上げ、必然(ひつぜん)的に剣戟(けんげき)が激化する。


 防戦一方のド・ゴールだが、この展開は読めていた。


 自分には特別な才も剣の腕もない上に、今はもう老いを感じている身だ。剣の才覚(さいかく)を持ち、若くて腕力もあるローランドの方が圧倒的に有利だ。攻撃を防ぐだけで精一杯になるだろう。そして実際にそうなった。だがしかし、ただ1つのタイミングだけを待って耐えていれば良かった。


 条件の揃うただ一瞬を待ち、ひたすらに耐え続け、そして(きた)るべくして好機は訪れた。


ギイイィィィィン


 漆黒の刃が、コルテナの欠けた剣先に収まった。すぐさま刀身を僅かに斜めに傾け、タナトスを半ば絡め取るようにして後方へ薙ぎ払う。全てはこの一瞬のため。あの日のオジェ・ルーのように、あの日の自分自身のように、ド・ゴールはつい先ほど追憶(ついおく)したばかりの動作をなぞる。


キンッ


 離れたところで見守っていたオジェ・ルーが目を細めた。今二人が目に浮かべている情景(じょうけい)は、全く同じ残像を投影(とうえい)して重なり合っていることだろう。


クルクルクルクル


 タナトスが、弧を描きながら明後日の方向へすっ飛んで行く。


ブンッ


 コルテナを前方に向けて振るい直し、欠けた剣先をローランドの首もとへと突きつけると、ド・ゴールは心の中で言った。


「これしか出来ないんだがな……」


「ぐっ……」


 苦虫を噛み潰したような顔で、ローランドは観念(かんねん)した。


「まさしくコルテナ!」


「本物だったんだ!」


「ローランドが叶わないなんて……」


 現役を退いた世代は、自分たちの知るコルテナが蘇ったのだと確信した。


 オジェ・ルーの栄光の日々を知らない世代は、ド・ゴールの昔話もそのほとんどがわからない。自分たちが認識している一番強い剣士ーータナトスを扱うローランドが負けたという事実のみが、シャンゼール守備隊長の決定は間違っていないと印象付けた。


「これぞまさしく、十二騎士が一席オジェ・ルー卿の賜りし名剣コルテナである!」


 もはや、ド・ゴールの言葉を疑う者はいなかった。


「いかなる遺恨(いこん)があろうとも、シャルルマーニ公の抱える喫緊(きっきん)の課題に関わるため、我は伝えねばならん!」


 内々の話にとどめられていたが、箝口令(かんこうれい)()かれているわけでもない。事情を知らない者たちは多数いるが、一部の者は聞き及んでいた。また、察しの良い者は、聞かずとも薄々気付いていた。シャンゼールの誇りシャルルマーニ公の持つ聖剣は、(さき)の戦いで折れたのだ。


「これより、オジェ・ルー卿の帰還(きかん)およびコルテナの再顕現について、報告してまいる!」


 力強く宣言し、ド・ゴールはコルテナの持ち主の方へ向き直った。


「さあ、まいりましょう!」


 片膝を立て、コルテナを収める(さや)を両方の掌で差し出し、オジェ・ルーがド・ゴールを見上げた。


 サムソンの戦いのあの日、両者が初めて言葉を交わしたその時と全く変わらない光景である。唯一、お互いの立ち位置は入れ替わっていた。今回は片膝を立てているのがオジェ・ルーで、立っている側がド・ゴールだ。


 シャルルマーニ公の聖剣がどうなるのか、それはまた別の話。

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