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ある門番の物語

ーークレシーマ暦 525年

メル地方 バビロムーー


 大河(たいが)に挟まれた肥沃(ひよく)土壌(どじょう)に恵まれ、かつての英雄王が(おさ)めたこの地方は、平野部は農耕に適している。


 その一方で、河口から山間部にかけては針葉樹(しんようじゅ)林が広がっており、林業も栄えている。ちょうどその一帯が、とある種族の居住(きょじゅう)地となっている。


 強靭(きょうじん)体躯(たいく)と圧倒的な(パワー)により、破壊力だけならば一部の神々にも匹敵(ひってき)する。であるからして、有事の際は非常に頼もしい戦力となるが、自分たちの認めた相手以外には協力しないという側面をも併せ持つ。反面、一度気を許した友人には、それはそれは情も(ふところ)も深く、友を守るためならば(おのれ)の命さえ投げ打つ覚悟を見せる。


 そんな豪胆(ごうたん)かつ愛情深い種族こそ、今では巨人族という通称(つうしょう)が定着している一族だ。


 バビロムの建造物は、かの種族のサイズに合わせて一部かなり大きな物がある。二重の城壁とその出入り口である城門が代表的だろうか。他にも神々の畏怖(いふ)を感じさせる建造物がこの地には幾つかあるが、大きさという点で語るならば、この城門を置いて他にはない。


 大きいのは、建造物だけではない。例えば、この地の民は、辺りの野で蛇獅子(ムフシュ)が駆ける姿を時折見るだろう。他の生物より一回りも二回りも大きいのだが、戦闘時に巨人が馬のように跨がっているぐらいなのだから、()して知るべしだ。


チチチッ…… チッ……


 春の穏やかな陽気の中、先述の城門の上に小鳥が止まる。エサがどこどこにあったぞとか、今日はあっちの方面を開拓(かいたく)してみようだとか、作戦会議の真っ最中だろうか。いくら巨大な門と言えども、空を庭にしている鳥たちには関係のないことだ。なんならちょうど良いおしゃべり場所ぐらいにしか思っていないのかもしれない。


ガラガラガラ……


「お~い」


 荷馬車が路面を進む音に混ざって、誰かを呼ぶ声が響く。


カッポ……カッポ……


 馬の歩みは、徐々にゆっくりとしたものへ変わる。


「通してくれ~い」


 川の細流(せせらぎ)を聞きながら、商人の一団が跳ね橋の手前へと進み、数名がその大きな城門を見上げた。


チチチチッ……


 作戦会議の中断を余儀(よぎ)なくされた小鳥たちが、急遽(きゅうきょ)移動を始める。


ブオオォォン


 地響きと共に、嵐でもないのに局所(きょくしょ)的な突風が巻き起こる。


「なんだ~」


 一人の巨人が、寝ぼけ(まなこ)をパチパチとさせながら呑気に起き上がる。


 大きな棍棒(こんぼう)を、杖を使う要領で支点に使ったようだが、棍棒を地面に突いた時の衝撃が地響きを、起き上がった動作が突風を、それぞれ発生させたようだ。


「お~ 久しぶり~」


 眼下(がんか)の一団を一瞥(いちべつ)して直ぐ、知り合いだと判断し、目尻を下げた巨人が手を振る。


フォン…… フォン……


 巨人が(てのひら)をヒラヒラと動かす度に、風が吹く。先刻の突風ほどではないが。


ヒヒーン


「やめい! 馬がビビっちまうじゃろ。」


 突然の風に加え、初見の巨大生物との遭遇(そうぐう)に恐れ(おのの)いた馬が、鳴き声を上げて取り乱す。


「どうどう! どーうどーう……」


 一団の中でもとりわけ年季(ねんき)の入った商人が馬を(なだ)める。


「でっかいけどな、コイツは友だちじゃ。」


 馬がどれほど商人の言葉を理解しているのか(さだ)かではないが、落ち着きを取り戻して行く様を見るに、男との信頼関係が(うかが)える。


「おろすよ~」


 そう言うと、巨人は通常の人間二人分の胴体ぐらいはありそうな太さの綱を手繰(たぐ)り寄せ始めた。引っ張られている綱は、城門の向こう側で歯車製の駆動装置に繋がっている。


ギギッ ギギギッ


 (きし)む音を(たずさ)えて、駆動装置と綱で固定されていた跳ね橋が、ゆっくりと下りて行く。


ゴウン……


 程なくして、跳ね橋の先端が城壁の反対側の川岸へと着地した。派手な音を立てて。


「ありがとよ、フェリクス!」


 年長の商人が、フェリクスと呼んだ巨人に挨拶よろしく手を上げる。振り向き様に、他の同行者たちも自分の後へ続くように促し、自身が一団を先導する格好で橋を進み出す。


 フェリクスは、久しぶりの訪問者にわくわくしていた。新しい玩具(おもちゃ)を与えられた少年のように目を爛々(らんらん)とさせ、商人一向を出迎える。


 門番というのは暇だ。否、この時代の門番というのは暇だ。


 現在(いま)がもし英雄王による統一前の時世(じせい)ならば、各地で小競(こぜ)り合いが起きていたあの頃ならまだしも、敵の襲来(しゅうらい)を知らせて戦いに(のぞ)む局面など、この時代に生きる者にとっては稀有(けう)である。かといって万が一がないとは限らない。本来は重要なポジションだ。城壁は、もっと言えば城門は、都市の守りの(かなめ)だ。そこを守る門番には、一人で大勢を相手取れる程の実力者が配置されるのが常だ。言わずもがな、この城門を守るという責務(せきむ)に歴代の巨人が()いて来た。実際、フェリクスが守るのは二重城壁の外側だが、内側の城門の守護を拝命(はいめい)しているのもまた別の巨人である。


 戦いがない以上、門番の仕事はこれしか残らない。そう、都市に出入りする者たちを選別(せんべつ)し、通行の許可と補助を行うことだ。余談だが、外側の城門の門番ーーフェリクスのことだがーーは跳ね橋を下ろすのに対し、内側の城門の門番は、平時は城門の前に鎮座(ちんざ)している巨大な岩を脇へ運ぶという運用の(もと)各々が従事(じゅうじ)している。橋の巨人と岩の巨人に認められ、城門をくぐって始めて、許可証が発行されるのだ。


 それはさておき、久しぶりの通行者をフェリクスは歓迎した。


「一年ぶり~ いつものやる~」


 そう言って、フェリクスは水を(おけ)から(すく)う動作みたく両手で(くぼ)みを作り、前に差し出した。


「ほいっ!」


 掛け声を一つ。慣れた様子でさっきの商人は差し出された掌に乗ってみせた。他の同行者たちが、一様(いちよう)に信じられないといった顔をしていたが、それを横目に商人がフェリクスへの合図を出す。


パチン


 商人が指を鳴らすやいなや、フェリクスは、差し出した掌の水平性を維持しつつ、それでいて自分の顔よりも更に高い位置へと両手を空へと(かざ)した。


「たかいたか~い」


 城門よりも更に高いところから見える絶景に、商人が感嘆(かんたん)の声を漏らす。


「はあ……」


 即席(そくせき)の展望台を歩き回り、パノラマの眺望(ちょうぼう)を存分に味わう。


「いつやって貰っても壮観(そうかん)じゃな。」


「もういい~?」


 フェリクスがそろそろ降ろそうかと思い、相手の意思を確認した時、商人側が待ったをかけた。


「フェリクス、ちと待てい」


「ん~?」


 さっきまでの声色との違いに気づき、フェリクスはどうやら何か理由(わけ)がありそうだと(さっ)する。


「あれは……」


 商人が目を()らす。目線の先にあるのはベスビオ火山だ。


「……火山の方角じゃな。煙が見えとるぞ!」


 バビロムの東方にはベスビオ火山がある。これまでも数回の噴火が記録されている。火山の向こう側にはティルブル=メテルなどの都市があり、更にその向こうの蒙華(もうか)やユシュファマへと繋がるのだが、そのあたりの説明は今は割愛(かつあい)しよう。


「山が怒ったの~?」


 フェリクスは、火山が噴火したのかという問いをしたつもりだろう。


「いや、噴火じゃねえ……」


 視界が捉えているのは、小規模な煙と、その周りで何かが(うごめ)いている様子だ。商人は、言い知れぬ焦燥(しょうそう)感を感じていた。


「フェリクス、今年、あいつらはもう来たのか?」


 あいつらというのは、例年であれば商人たち一団よりも早くここに到着している小さな友人たちのことだ。遥か東方からベスビオ火山を超えて、バビロムを訪れる。この時代では、未だ小人族という通称が定着していないが。春の時期に来訪(らいほう)する集団は、小人たちとこの商人たちぐらいで、あとは旅人や冒険者がちらほらといったところだ。


「ひょっとしたら、あいつら……」


 商人の脳内で一つの仮説が組み立てられる。小人たちの未達、火山の(ふもと)で立ち上る煙、ここまでの道中で聞いた噂話。


「フェリクス、あい……」


 最後まで説明する機会は与えられず、フェリクスは持ち上げていた手を下げ、商人を下ろした。


「おれ、行くよ~」


 そう言うと、フェリクスは右の人差し指と親指で輪っかを作り、口元へと持って行く。


ピュ~イッ


 さっきまでのやや緩慢(かんまん)所作(しょさ)とは打って変わり、サッと身構えて指笛を鳴らした。無論、人の指笛とは違い、一陣の風が吹き起こるのだが。


「お前ら、耳を(ふさ)げ!」


 商人が、後ろの同行者たちにそう伝えた。


 フェリクスは、少し息を吸い込んで、これからの発声に向けた予備動作に入っている。


「マルドゥーーーーーーク!」


 間髪(かんぱつ)を入れず、フェリクスが叫んだ。いつものどこか呑気な口調は成りを(ひそ)め、風格さえ感じる声で。


ヴォオオオオオン……


 巨人の大声は、火山の向こう側まで聞こえたんじゃないかと思えるぐらいで、轟音と暴風を副産物としてこの地方一帯に響き渡った。


 風がやみ、地面の微かな揺れも収まり、(しば)しの静寂(せいじゃく)が訪れる。


「ザバリさん、フェリクスさんは何を?」


 年長の商人の名は、ザバリというらしい。同行者の中の一人が質問をした。


「今にわかる。」


 ザバリは多くを語らず、質問をした女性に短く穏やかに答えた。


ダッ…… ダダッ……


 遠くから、何かが近づいてくる。


ダン…… ダダン……


 音が近づいて大きくなるにつれ、微かに地面も振動する。


ダダダンッ!


 疾走を終えたムフシュが城門の前に現れると、地面の揺れは止まった。


「ムフシュだ!」


 初めて見たのだろうか。商人一行(いっこう)の中の若い青年が、興奮気味に発言した。


ウォンッ


 マルドゥークと呼ばれたムフシュが、自らを呼んだ主人に向けて発声し、表敬(ひょうけい)する。蛇の尻尾が嬉しそうに揺れている。


ガンッ カランッ


 フェリクスは棍棒を脇へやると、代わりにもともとそこに立て掛けてあった剣を握った。巨人であるフェリクスが持つと、小振りのナイフに見える。


「よいしょ~」


 だが、フェリクスが力を込めると、発光した剣はあっという間に大剣へと姿を変えた。金属というよりは、薄く伸びた光をそのまま凝固(ぎょうこ)させたような特徴的な刃だ。先程の発光の残像なのか、それとも元からそういうものなのか、光の粒子(りゅうし)のような小さな粒が、螺旋(らせん)状に(ただよ)っている。


「これを見るのは(ワシ)も初めてじゃ。」


 ザバリが、小さな声で(つぶや)いた。


「これこそが螺旋光剣(カラドボルグ)……」


「ザバリ、岩のファルカスに言っといて~」


 内側の城壁を守る巨人がファルカスという名前なのだろう。自身の不在と事情の説明を顔馴染みの商人に託し、フェリクスはマルドゥークに跨がった。獅子の(たてがみ)が撫でられると、揺れていた蛇の尻尾は一段と激しく揺れた。


ゴロロロォ……


 主人の愛情を感じてご満悦(まんえつ)なのか、マルドゥークは目を一本の横線に見える程まで細め、猫のような鳴き声を出した。


「行っくぞぉ~」


 フェリクスがそう言い終わると、マルドゥークは細めていた目を開き、途端(とたん)眼光(がんこう)鋭く前方を見据えた。


「山へ走れ~」


 フェリクスがカラドボルグの先端で目的地を示し、マルドゥークがそれに応じて走り出す。


ダンッ ダンッ ダダンッ ダダダンッ


 助走は束の間で、マルドゥークはすぐにトップスピードへと到達した。野を超え、川を超え、道を超え、丘を超えて行く。その姿は見る見る間に小さくなった。


「ただの噂だと良いんじゃが……」


 一人と一頭を見送りながら、ザバリがボソッと溢した。


「宿場町の酒場で聞いた話ですね。」


 二の句を受け継ぐ形で、つい先ほどまでムフシュに見惚(みと)れていた青年が会話を続ける。


「火山の近くでルシフェルを目撃したっていう……」


「あの辺りの森じゃあ、大きくて狂暴な鳥の目撃情報が沢山ある。それをルシフェルと見間違えただけと思うんじゃがな……」


 ザバリも青年も、ほぼ同時に遠くの空を見る。そこに飛んでいるかもしれない怪鳥の姿を思い浮かべて。


======================


「止まって~」


 未だ火山の(ふもと)には届いてないが、フェリクスはマルドゥークの移動を止めさせた。敵対意思の飛来(ひらい)を感じ取ったからだ。


「……巨人か。面倒だな。」


 翼をはためかせ、中天で静止したルシフェルが、マルドゥークとその上のフェリクスを一瞥する。ルシフェルは、元来(がんらい)宿している神の力に加え、飛行移動を可能にする翼も有しているが、力は強い方ではない。力だけなら神に勝るとも劣らない巨人と戦うには、相性が悪いのだ。


「まあ良い。近づくつもりはない。」


 低くよく通る声でそう言うと、両翼を一度胸の目の前で交差させ、反動をつけて再び左右に広げた。


 ルシフェルのこの動作により、多数の羽根が抜け落ちた。羽毛の一本一本が、禍々(まがまが)しげな漆黒(しっこく)へと変色する。そのうちに、ふわふわと浮かんでいた筈のそれらは、(さなが)(とげ)のような鋭利な物体へと様変わりし、それぞれが意思を持つかのようにフェリクスとマルドゥークを目掛けて射出された。


「雨みたい~」


 口調だけは相変わらず呑気だが、フェリクスは目の前の見かけない敵に対峙(たいじ)し、堂々と見据えている。降り注ぐ刺の雨に向かい、マルドゥークを(かば)う構図で、両手両足を大きく伸ばして全身でほぼ全てを浴びた。


「……正気かよ。」


 力が強く、体も丈夫(じょうぶ)ぐらいの情報は伝え聞いてはいたが、さすがに攻撃全てを盾も使わずに全身で受け止めるとは思っていなかった。ルシフェルは驚きを隠せないでいた。


「でもまあこれで……」


 死にはしないが、重傷ぐらいは負わせただろう。そう思った。


「雨、痛い~」


 予想を裏切り、フェリクスは元気に立っていた。多少の擦り傷のようなものが視認(しにん)できるが、大したダメージは受けていない。


「ふんっ!」


 フェリクスが力んだだけで、全身に刺さった(おびただ)しい数の刺が体表(たいひょう)から外れ、パラパラと音を立ててこぼれ落ちた。


「………………………は?」


 絶句(ぜっく)とはこのことである。ルシフェルは、文字通り言葉を失った。


グオォオン……


 刹那(せつな)、マルドゥークが鳴いた。痛々(いたいた)しげに。


「どうした~」


 振り向いたフェリクスが見たのは、庇いきれなかった数本の刺が、マルドゥークの脚に刺さり、流血している姿だった。


「お・ま・えぇぇぇぇ!」


 フェリクスの雰囲気が一変した。赤毛の髪も(ひげ)も逆立ち、目尻は釣り上がり、激昂(げきこう)しながらドスドスと音を立てて走り、ルシフェルの真下に着くや否や、何時の間にやら手にしていた刺の一本を空に向けて投げ槍のように放ったのだ。


「あっぶね。」


 ルシフェルは薄皮一枚で刺を避けたが、同時に危機感を覚え始めていた。それなりにこの地の種族たちとの戦いを経験しては来たが、どうやら巨人族にはこれまでの理屈が通じないようだ。


 自身が避けた刺が、速度を落とさずに後方に()れて行くのを見届けていたルシフェルだったが、一秒と経たずに向き直らざるを得なかった。ただならぬ殺気を感じたからだ。


「カ・ラ・ド・ボ・ル・グ・ッ!」


 フェリクスが、空にいるルシフェルに向けて大剣を上段に構え、すぐさま振り下ろした。


ドゴオーン! ガン! ガラガラ……


 振り下ろされたカラドボルグが地面を砕く衝撃音に気を取られている暇はない。


ブウウウウウウン!


 獣の唸り声に聞こえなくもない重低音がルシフェルの耳に届く。やや遅れて、風圧の暴力が彼を襲った。


「なんだこれ……」


 顔を(しか)めながら、必死に体制を整え直す。ゆっくりと翼を(わず)かに動かすことで浮遊(ふゆう)して、一点で静止していたのだが、突然の暴風でバランスが崩された。


 巨人が何か叫びながら攻撃してきたため、オーパーツによる力の類かと構えたが、ただの風圧だと知り、戦慄(せんりつ)する。


「めちゃくちゃだな……」


 神が与えた力による攻撃ならまだ納得できた。または、あの大剣そのものがオーパーツだという展開(シナリオ)でも有りだ。だが、残念ながら違った。恐ろしいのは、ただの剣を思いっきり振っただけで、その風圧だけで、一つの攻撃として成立させてしまっているという点だ。しかも、相手はルシフェルである。


「なんちゅう種族作ってんだよ、やつら。」


 まだ不安定さは残るものの、なんとか飛行を制御できる状態にまでは戻したルシフェルが、善神(アリア)への(うら)(ごと)()らした。


 ルシフェルたち悪神(パタラ)とは異なり、アリアは多様な種族を作り出し、場合によっては神々の力を分け与え、このエデンの地で共に暮らそうとした。


 とどの詰まり、ルシフェルからすると、相容(あいい)れない敵方のせいでこの理不尽な種族との戦いを()いられており、それが恨み言へと繋がったわけだ。逆もまた(しか)りで、アリアが強力な魔族と戦う際、パタラを恨んでいることは想像に(かた)くない。


「カ・ラ・ド……」


 またフェリクスが叫ぶ。刺突(しとつ)の構えから繰り出されたのは、また違った種類の攻撃だ。


シュワーン!


 さっきの重低音とは違い、今回は高い音が短く鳴った。音量自体は大きいため、フェリクスがきっと叫んだであろう「ボ・ル・グ!」の部分は聞き取れなかったが。


 螺旋状の不可視(ふかし)の刃が、ルシフェルの左肩を(つらぬ)いた。見えないのになぜ形状がわかるのか。それは、傷口が螺旋状に(えぐ)れているからだ。


 そしてルシフェルは見た。巨人の持つ大剣が纏う光の粒子を。


「やっぱオーパーツじゃねえかよ、くそ。」


 つい今し方、まだオーパーツを使った攻撃ならば納得できるなんて考えていた自身を呪いたい。しかし、文句を言う暇すら許されない。完全に頭に血が上っている巨人は、ルシフェルの息の根を止めるまで攻撃をやめるつもりはなさそうだ。


「カ・ラ・ド……」


 フェリクスが見境(みさかい)なく攻撃を連発する。縦振りと刺突を五月雨(さみだれ)に繰り返し、攻撃と攻撃のインターバルがほとんどないため、声が途切れ途切れでしか聞こえない。


「……ボ・ル・グ!」


「……ボ・ル・グ!」


「ラ・ド……」


「……ル・グ!」


 途切れているものの、フェリクスが攻撃を仕掛ける度、毎回その剣の名を叫んでいることはわかる。決して攻撃手法や剣技の名称として口にしているわけではない。


 この剣は、巨人族の誇りなのだ。神々が自分たちの先祖に託した剣、アリアの力を宿す守護者の証、友のために振るえば右に出る武器はないと言って贈られた大事な大事なオーパーツだ。一族の生き方への誇りと、神々の信頼に応えようとする責任感がフェリクスを高陽(こうよう)させ、この剣を振るう時は毎回こうなる。


「カ・ラ……」


 暴風と螺旋の刃が次々にルシフェルを襲う。なんとか交わしているが、じきに回避行動が追い付かなくなるであろう予想はつく。


「……ル・グ!」


「変な種族作って、変な力与えて……やってられっかよ!」


 暴風が飛行制御を奪い、刃が直接的な手傷を負わせようとする。空から降りて戦おうにも、力比べでは勝ち目がない以上、接近戦の選択は悪手(あくしゅ)だ。ルシフェルにとっては、最悪の状況だ。


「カ・ラ・ド……」


 フェリクスがまた別の構えを見せる。下半身は正面を向いたまま、上体だけ大きく左側に(ひね)っている。


「……ボ・ル・グ!」


 捻っていた上体を一息で戻し、その勢いを利用する形で水平に剣を()いだ。


「な……に……」


 上段振り下ろしの暴風、刺突の螺旋剣、そのどちらかだけを想定した回避に(てっ)していたルシフェルは、未知の三種類目の攻撃には対応できず、まともに受けてしまった。


 (ほの)かに虹色に光る剣が、空を飛ぶルシフェルに直接届く距離まで伸び、脇腹を切り裂いた。


 仕留めた。そうフェリクスは考えた。事実、ルシフェルはかなりの深手を負った。たが、止むことはないとまで思えた波状攻撃の連鎖(れんさ)が一瞬途絶(とだ)えた。


 その数刻を、ルシフェルは見逃さなかった。反撃も治療も(いさぎよ)く諦め、自身最大の武器である速さに全ての力を集中させ、逃げる以外の選択肢を排除した。


ヒューーーーーーン……


 瀕死(ひんし)の重傷を負いながらも、ルシフェルは戦闘からの離脱(りだつ)に成功した。ものの数秒であの場から飛び去ったのだ。


「ま・て!」


 (かたき)を討つ気満々だったフェリクスは、怒りの矛先(ほこさき)を失い、()えた。


「うおおおぉぉぉ!」


ズズッ…… ズッ……

 

 痛む足を引摺(ひきず)り、マルドゥークがフェリクスへ近寄る。


ウォッ……ウオン!


 自分は大丈夫だと言わんばかりに()えたマルドゥークの頭を、フェリクスが撫でた。戦闘が終わり、静けさを取り戻した今こそ、火山の麓を目指さなければならない。ここからそう距離は離れていない。フェリクスは、前方に見えているベスビオ火山の方へと視線を動かした。


 そんな時だった。


「フェリクス……」


 どこからか、フェリクスを呼ぶ声がする。事態の収束を待っていたのかもしれない。


「オイ、フェリクス~」


 フェリクスは、声の主を探そうとして辺りを見回した。マルドゥークも、鼻をスンスンとさせながら首を動かしている。


「コッチダヨ~ フェリクス!」


 自分が大き過ぎるという盲点(もうてん)に思い当たり、フェリクスは一度しゃがみこんでから再び辺りを見回すことにした。低いところから声が聞こえているからだ。


「コッチ コッチ コワカッタ」


 カラドボルグが地面を叩き割った衝撃で、大小様々なサイズの岩石が散らばっているのだが、その中でも大きめの岩影から、声は発せられていたようだ。


ヒョコッ ヒョコッ ヒョコヒョコッ


 一人が顔を出すと、他もそれに続き、小人たちが次々と現れた。


「お前ら~」


 小人たちの姿を目にした途端、フェリクスは破顔(はがん)した。


「良かった~」


 草木を編んで作る小人族専用の衣服と帽子は、さっきの戦闘の余波(よは)を受けてか、いつもより(すす)けている。


「あいつにやられた~?」


「チガウ アイツジャナイ」

「ソラトブヤツジャナイ」

「アイツジャナイ」

「サッキノヤツ チガウ」

「ヒノマモノ ヒノマモノ」

「ヤマカラキタヒノマモノ」

「カザンノマモノ」

「アイツジャナイ ヒノマモノ」


 小人たちは、フェリクスの問いかけに一斉(いっせい)に答えた。答え方が違うだけで、伝えたがっている内容は同じだ。フェリクスが聞き取れたかどうかは怪しいが。


「さっきの飛んでるやつじゃないの?」


 前言撤回(ぜんげんてっかい)。聞き取れていたようだ。


「ヒノマモノ!」

「カザンノマモノ」

「ムコウニイルマモノ!」

「アレチガウ カザンニイル」

「マモノ ムコウ!」


 やっぱり一斉に答えるが、当初からこういう文化だったという可能性もある。フェリクスは、この小人たちの会話は聞き取れるようだ。付き合いの長さから来る慣性(かんせい)のようなものだろうか。いや、耐性(たいせい)と言い表すべきか。


「マルドゥークを頼む~ 怪我してる~」


 ルシフェルとの戦闘でさすがのフェリクスにも疲労の色が見えていたが、小人たちを襲った魔物を放置するわけにはいかない。脚を怪我して走れないマルドゥークの世話を小人たちに頼み、立ち上がった。


「マルドゥークナオスヨ」

「ヤクソウモッテル」

「テアテスルヨ」

「オイデムフシュ」

「ヤクソウツカウ」

「マルドゥクエライエライ」


 小人たちが、マルドゥークの手当てをしようと各々で動き出すのを背に、フェリクスは駆け出した。


 しばらく走ると、小人たちが口にしていた『火山の魔物』が見えて来た。溶岩の塊のような赤い流動体や、魚とも爬虫類ともとれるような黒い生き物が、吹き出したマグマ溜まりの中を遊泳(ゆうえい)している。炎を自分の周りに撒き散らかしながら歩いてくる岩の怪物もいる。それも相当な数だ。


「山、怒ってないのにな~」


 噴火は起きていない。火口(かこう)からもその気配はない。しかし、山腹(さんぷく)に裂け目が生じ、そこからマグマと魔物が涌き出ている。


 流れ出したマグマは、地表に噴き出た後に冷却されて固まり、生命の息吹を感じさせない黒い土地を形成している。黒い地面が緑の土地を侵食(しんしょく)しながら、今なおその面積を(ひろ)げている。


「止めないと~」


 土地の侵食に対してそう言ったのか、無尽蔵(むじんぞう)に出てくる魔物に対してそう言ったのか、フェリクスの心を知ることはできない。だが、後ろに小人たちとマルドゥークがいる。ここで自分が止めなくてはいけない。そう考えたことは明白だ。


「カ・ラ・ド・ボ・ル・グ!」


 蓄積疲労に加えて、ここへと走ってきた疲れも手伝い、息も()()えの状態で放った攻撃は、今一つ精細(せいさい)()いた。伸縮(しんしゅく)する虹の刃が数体の魔物を行動不能に追い込んだが、この程度の威力の攻撃を繰り返すだけではとても間に合わない。


 こうしている間にも、火山の裂け目からはまだまだ魔物が涌き出ている。対するフェリクスはただ一人。多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)だ。


「ハア…… ハア……」


 カラドボルグを見つめ、瞳を閉じ、呼吸を整える。


 強く念じる。今生きる神に。かつて生きた神に。この剣を託した神に。


 強く想う。今生きる同胞へ。かつて生きた同胞へ。この剣を任せてくれた同胞へ。


 強く祈る。この地の安寧(あんねい)を。ここで暮らす民の平穏を。小人たちの安全を。


 今なら出来る気がした。


「カ・ラ・ド……」


 反動はつけず、目を(つむ)ったまま、ただただ願いの強さに任せて、両手で持ったカラドボルグを振り上げる。


カッ!


 本人には見えていないが、頭上から白銀の光が降り、その光景は、フェリクスの願いに神々が答えた証のように見えた。


「……ボ・ル・グッ!」


 目を開き、振り下ろす。


 今回は、上手く出来る気がした。目を瞑っている間、誰かが一緒に剣を持って振ってくれたかのような不思議な感覚があったからだ。


ズドォーン!!


 風は起きない。地面も砕けない。震動も感じない。だがそれでは、いまだかつて聞いたことのない大きさの衝撃音との整合性が取れない。


チリチリッ…… チリリッ…… チチッ……


 時間差で、何かが焦げるような音がそこら中で発生した。細い鋸歯状(きょしじょう)の光の筋が、さっきまで活動していた全ての魔物の体内を駆け巡り、全く()を置かず、まるで(ちり)か灰にでもなったかのようにサラサラと崩れ去った。


 フェリクスに成し遂げた実感はなかった。


 一瞬にして、魔物の軍勢は灰塵(かいじん)()した。思い出していたのは父から、祖父から、同胞から、何度も語り聞かせられたこの剣に(まつ)わる言い伝えーー友のために振るえば右に出る武器はないーーその文言だ。


 少しの間、起きた事象の(すさ)まじさと実感の無さとのギャップでやや放心状態だったフェリクスだが、頬を撫でる熱風と鼻を突く腐臭(ふしゅう)が、彼の正気を取り戻させた。


「あう~」


 ほんの少し前までは、今フェリクスが立っているこの地面も、緑が()(しげ)り、野生動物が草を()むようなところだった。


 だが今はどうだ。灰が積もり、火山から流れ出たマグマが地表を埋め尽くし、動植物が過ごせる環境とは程遠い。魔物たちは消えた。それでもなお、土地はどんどん死んで行く。


「とまれ、とまれ~」


 再び、フェリクスがカラドボルグを振りかぶる。自信は確信に変わった。強く願えば、神は応える。自慢の怪力は要らない。求められるのは、願いの強さ。


「カラドボルグ!」


 いつもの叫ぶような呼び掛けではなく、静かな、誰かに寄り添うような呼び掛けだった。


 いつもの力強い縦振りではなく、静かに、この土地に訴えかけるかのように、剣の先端を突き立てた。


カッ


 白銀の稲光を、今度は確かにフェリクスも見た。


 カラドボルグが刺さっている場所を始点に、太く大きな光の筋が三本走り、ベスビオ火山の方へと伸びて行く。黒い大地を引き裂き、マグマの流出を止め、発光を維持したまま、死に絶えていた地面が浄化されて行く。


 その後、発光は三日三晩続いたとされている。光の通り道となった地表だけが、草原の緑や木々の茶色を取り戻し、火山灰や黒く固まった溶岩で死に絶えた周辺のそれとは一線を(かく)している。火山へと続く三本のこの道が、現在のフェリクス街道だ。


 尚、後世(こうせい)において、小人族が巨人族へ恩返しをする機会が訪れるのだが、それはまた別の話。

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