↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/8

北東の山 ②




 いくら時間が殆ど経っていないとは言え陽が落ちる時間が迫っている事は変わらない為、三人は早めに野宿の準備を進める事にした。


「私は木の枝とか集めに行くけどアリス達はどうする?」


「常用型も高機動型も壊れちゃってるからねぇ・・・、とりあえずエミと一緒に行ってよ。その間に応急処置だけでもしとくから。」


 戦闘時の要であるアリスが動けないとなると途端に戦力がガタ落ちする事を知っているエミリアはスミレの言う通りアリスを連れて離れすぎないよう近くで枝を集めに行く事に。なお、何故スミレが一緒に行けと言ったのかと言うと、現在アリスが装着している水中用の義肢は厚く硬いスキンを使用し内部に水が入らない様に工夫されているのだが、それ故感覚器官、特に温感と痛覚が著しく低下している。つまり山道を歩く様に作っておらず、尚且つ内部に熱が篭ったとしても本人は気づけない状況になっている為である。


 幸いにも鏡石の前は平坦な地面となっている為、やたらとファンシーな柄の入ったレジャーシートを広げアリスの義肢を慣れた手付きで分解し始めるスミレ。そんな彼女に目を配りながらも着実に枝を集めるエミリアに比べアリスは今にも倒れそうな足つきをしている。


「やっぱり休んでたら?」


「そんな事してたら後でスミレに何言われるか分かったもんじゃないからな。取り合えず何度も屈むとバランス崩しそうだから俺は使えそうな石集めて来るよ。」


 アリスはそう言ってエミリアの心配を横目に鏡石の横数メートル先にある大きめの岩が転がっている部分へと歩き出す。


「そんな事で怒るスミレちゃんじゃないのに素直じゃないわねぇ。」


 動けない訳でもない状態で自分達だけに準備させるのは気が引けるアリスの心境を読み取ったエミリアはそう呟きながら笑みを浮かべ、一先ず集めた枝をスミレの近くの地面へと置き進捗状況を尋ねる。


「夕方までには動きそう?」


「う~ん、腕の方はすぐ。脚のメインフレームは何とか無事だけどサポートアームが全部曲がっちゃってるから作り直しね。今回は咄嗟だったのとかも併せてアリスのコアがリミッターを外したみたい。」


 曲がってしまったサポートアームをエミリアに見せながら続けて「まぁ強度は低いけどスペアがあるから二時間もあれば終わる。」と返答したスミレは腰に付けた革製のベルトで固定してる本を取り出しペラペラと目的のメージを探す。


「それなら良かった。今のアリスじゃ何をするか分からな・・・」


 エミリアがそう言いかけた瞬間、二人の合間を光る細長い『何か』が高速で通過する。何が横切ったのかと飛んで行った方向を見ると、そこには地面へ浅い角で剣が突き刺さっていた。


「悪りぃ、岩斬ろうとしたらすっぽ抜けた。」


「アリス?あなたは義肢が直るまでスミレちゃんと一緒にここに居なさい。じゃないと私怒っちゃうわよ?」


 魂が凍りそうなエミリアの笑顔に恐縮したアリスは「ハイ。」と子声で言うとその場で正座待機を始める。





 三十分程要して完成した竈へ火を入れ、鍋に入れた水が沸騰するまでの時間エミリアは野菜を始めとする足の速い食材をメインに包丁で切っては鍋へと放り込んでいく。材料から見るに本日のメニューは干し肉、玉ねぎ、セロリを入れた卵スープとライ麦パンの様だ。


 一方スミレは既に落下時に痛めたアリスの両腕の修理は終わっており、現在は脚のメインフレームへシリンダーやワイヤーの取りつけを行っている。


「スミレ、腕はもう付けても良いか?」


「え?あぁそうね。直ってるから良いよ。悪いけど手が離せないからエミにやって貰って。」


 スミレは一瞬だけアリスの顔を見ると視線をすぐさま義肢に戻し作業を再開。邪魔をしない様にとゆっくりスミレの横にある義肢を取るとアリスは調理中のエミリアの手を煩わせるのも気が引ける為、自らの手で両腕の義肢を交換するとエミリアの鞄の中からランタンを取り出した。


 それを見ていたエミリアは鍋の具材をかき混ぜていた手を止め火の付いた枝を一本アリスへと手渡す。受け取ったアリスはランタンに灯を入れると枝をエミリアに返却しスミレの手元が見える様にと座ったままの姿勢でランタンを持ち照らし始めた。


 よほど集中しているのか、夕日と勘違いしているのかスミレはそんなアリスに気づく事なく作業を続け、それからニ十分程で右足の修理を終えた。




「良いアリス?今修理してる奴は昔使ってた奴を流用した物だから今までのより強度が低いから無茶な動きはしないでね。」


「分かってるよ。前のって事はエミと会った時位のだろ?大体の強度は覚えてるよ。」


 先に食事を済ませようと言うエミリアの提案からパンを食べつつアリスへ注意喚起をするスミレだが、当の本人は本当に分かっているか不安な答えを返しており、何とも言えない変な表情になってしまう。


「そう言えば私と会った時は結構壊れてたもんねぇ。逆に今までのが良くこれだけ長い間使えたって驚くわよ。」


 そう言って曲がってしまったサポートアームを見るエミリア。なお、曲がっているだけなので修正すれば使えるのだが、一度曲がった金属は強度が落ちるとの事でスミレは作り直しと判断している。


 更に言うと、この会話の通り。元々はアリスとスミレでトレジャーハントをしている所へエミリアが加わり三人で旅をする様になった為、それ以前の事に関してはエミリアも知らない事が多い。




 義肢の修理が完成した時は陽が落ち視界が確保できなかった為、翌日朝食を取る前に動作テストを行う事にした。


「どう?反応速度や動作不良は無い?」


「改めて使うと昔の素材の方が軽かったのを思い出した。そう言えばこんなんだったなぁって・・・あぁ、問題無しだ。」


 別物の素材を使用しているにも拘らず取付角や圧力、ワイヤーの張りまでも一発で熟すスミレの腕に思わず拍手してしまうエミリアに対しスミレは「天才スミレ様にかかればこんな物よ。」と自慢げな態度を取っている。実際、これ程の技術を持ち合わせている人間はスミレの他に居ても数名程度であろう。


 テストしている間にエミリアが作っていた朝食に手を伸ばそうとした所、アリスは背後に気配を感じ伸ばしかけた手を双剣へと向ける。同時にその動きや視線に気づいたエミリアも銃を引き抜き何時でも撃てる状態で待機していると、姿を現したのは港町に居た覗き魔、もといヴァルチャーの男であった。

「あ、姉さ~ん!!」


 砂と垢に塗れた男は三人の姿を見るなり両手を前に出しながら駆け寄って来るのだが「来るな気持ち悪い。」と顔面へアリスのフロントハイキックを食らい仰向けで倒れ込む。


「この間のヴァルチャーじゃん。なに~?もしかしてスミレ様の悩殺セクシーボディが忘れられなかったとかぁ?」


「はい!」


「そこは否定しとけよ!」


 スミレの問に上半身を起こし力強く返答した瞬間にアリスからの脳天踵落としを食らい再び倒れ込んだヴァルチャーをそのままに三人は食事を始める事にした。


「そりゃないっすよ姉さん!せっかく情報持って来たのに。」


「お前の情報は当てにならん。」


「そう言わずに、何でもここから山を北に二つ程超えた所、そこも山なんですが、その山に巨大な大木があって、その麓にある洞穴の中に財宝があるって話ですぜ。」


 聞く耳を持たないと言う態度を取っていたアリスだが、洞穴となると少なくともここ以外の場所である事は間違いない為、改めて男の言う事を聞く殊に。


「言い伝えか?」


「はい、でも中に行った奴らは何もなかったと言う連中と行方知れずになったと言う連中の両極端ってわけでさぁ。」


 行方知れずと言う事はそこもまた財宝に反応するダンジョンタイプの可能性が高く、何かしらの理由で出れない、若しくは全く別の場所へ飛ばされたと推測できる。案外有益な情報であった為礼を言うアリスに対し男は「姉さんの為なら。」と目を光らせていた。礼を言わなきゃ良かったと反省するアリス。


「それより私達がここに居るってよく分かったわね。誰かに聞いたの?」


「そうなんですよスミレの姉さん。馬車で街に着いたら何かゴーレム騒ぎがあったらしくて聞けば三人の少女が居たと聞いてピンと来ました。俺が三人の配下だと言うと変なおっさんがここに居るって教えてくれたんで飛んできました!」


 変なおっさんはお前もだろとツッコミを入れたくなったアリスだが一先ず堪える。


「それにしても疑問が一つありましてね。なんでもこの山を越えた先は観光に力を入れていた村があるとか何とか。しかし今は廃村になって誰も居ないんですよ。」


「それの何が疑問なの?」


「その廃村なんですが、実は冒険者が徐々に減ったのではなく急に居なくなったらしいんですよね。まるで神隠しにでもあったかのように。」


 その話に身震いしたエミリアは「私もう話聞かな~い。」と男へ背を向けてしまう。逆にスミレは眼を開かせ「それでそれで。」と前のめりになるのだが、男は「それだけ。」と話を終了してしまった。


 一応情報は入ったと言う事で、お礼代わりに朝食用に用意したライ麦パンを手渡したアリスは続けて竈の火で炙った干し肉を二つ手に取ると一つを爪楊枝を咥えるかの如く噛みしめ、もう一つを男へ差し出した。


「あ、俺は姉さんが咥えてる方で良いですよ。」


 蕁麻疹が出る様な気持ちの悪い回答をした男の顔面へ差し出していた干し肉を投げつけるとアリスは距離を取る為三人の中で一番遠いエミリアの後ろへと移動する。


「変な事言ってると口をもう一つ増やすわよ?」


 どうやら今の発言にはエミリアも相当お怒りの様で、笑顔とは裏腹に彼女の手には銃が握られていた。

「すんませんでした!・・・ってあれ?エミの姉さんガンベルトが増えてませんか?」


 銃を突き付けられていると言う状況でも僅かな変化に気づけるだけの観察力を持って居る事に関心したエミリアはその観察力に免じて撃つのを止め銃をホルスターへ戻す。この事には二人も気づいており、満更使えない奴と言う訳ではない事を理解した。


「そう言えばあなた名前聞いてなかったわね。私はエミリア、黒髪の子はスミレちゃんで私の後ろに隠れてるのがアリス。」


「お二人の名前は存じておりますとも!」


 名乗った覚えが無いのに何故名前を知っているのかと尋ねれば初めて会った際にエミリアとスミレの名前を呼んでいたからだと言う。故に二人の事は名前の後に『姉さん』を付けており、知らないアリスだけそのままの姉さん呼びだとの事。


「そもそも俺達は男だって言ってるだろ。」


「いやいや、隠さなくても良いんですよ姉さん。俺の前だけは素直になっても。」


 こいつは何を言っても駄目だと先程の関心を帳消しにしてしまった男は続けて自己紹介を始める。


「俺はヴァルチャーをやってた者で名前はそうだな・・・好きに呼んで下さって結構ですぜ。」


「分かった覗き魔。」


「よろしくね変態。」


「聞きたい事があるんだけど異常者。」


「やっぱりジャックって呼んでください・・・」


 アリス、スミレ、エミリアの段階的な罵倒に近い名前に耐えきれず折れるジャックに対し、エミリアは話を続ける。


「で、聞きたい事なんだけど、三十八のロングカートとか手に入らないかな?多分モグラしか作ってないかもしれないんだけど。」


「三十八のロングですか・・・エミの姉さんの頼みとあれば絶対見つけ出しますぜ!それじゃ早速探してまいります!」


 エミリアの話を聞くなり急に立ち上がり下山を始めるジャック。相変わらず人の話は最後まで聞かない様で、嵐の様に現れ即座に消えるこの男には三人共口を閉じてしまう。





 何はともあれ朝食を済ませた三人はジャックの持って来た情報を頼りに山を北に抜ける道を選び登山を再開。話の内容的には栄えていたであろう村が間にあるとの事だが、到着には一体何日掛かるのだろうかと話しながら歩いていると少しばかり開けた丘に到着する。


「・・・まさかアレ?」


 スミレの指さす方向にはまるで幽霊でも出そうな雰囲気をした廃村が数キロ先に見えた。歩き出して数時間、かなり早い発見にあっけらかんとなってしまった三人は一時間程歩き廃村へと到着する事となる。




「確かに誰も居ないな。何か物資が残っていれば良いが。」


 割れた窓ガラスに開きっぱなしのドア。人が居ない事を表現するには十分すぎる程の村内を歩いていると、スミレが急に立ち止まり耳を澄ませ始めた。


「これは・・・掘る音?」


 そう呟きながら進行方向右側を見て小道に入って行くスミレを二人は追いながら疑問を投げかける。

「魔物か?」


「う~ん規則的だから多分違うと思う。」


「掘ってるって言うのは壁?地面?」


「地面だね。多分土かな?」


 スミレがここだと脚を止めると同時に、先程まで聞こえていた掘る音も止む。自分達の存在に気づかれたのかもしれないと、アリスとエミリアは武器に手を伸ばしながら音のした建物の玄関へと近づく。するとスミレから音がしたのは建物の裏だと追加情報が出た為、二人は建物を左右に分かれて回り込む事にした。


 足音を立てないよう慎重且つ素早く歩くアリスに対し、エミリアは一歩一歩慎重に歩みを進めていた。その時である。急に建物の玄関の方から重量物が落ちる様な音が響いた。玄関の方と言えばスミレが居た所である為、音を殺すのを止めて急いで玄関まで走って戻ると、そこには俯せで倒れ込んだスミレの姿があった。


 彼女の姿を見た二人は武器を抜きながら玄関の前側を威嚇しつつスミレへ近づくと彼女が呻くように声を上げる。


「転んじゃった・・・」


 こんな時に何をしてんだと頭をどついていると、警戒を解いた玄関の扉が開き一人の男が姿を現す。

「何だ。随分物騒なお客さんが来たもんだ。」


 男は六十を超えの爺さんと呼ぶに相応しい風貌をしており、手に持って居るの先程まで使っていたであろう鍬のみで、三人を威嚇するような言動も取っていない事から争う気はないと察し武器をしまう二人。


「女の冒険者か?随分珍しいな。見ての通りここにはもう何もない。金が欲しいなら山を下りな。」


「別に金目当てで来た訳じゃねぇよ。何でもここから北に財宝があるって聞いて寄っただけだ・・・まぁ何か物資があれば貰おうとはしてたけど。」


 素直なアリスの話を聞いた爺さんは立ち話もなんだから上がって行けと三人を家の中に案内する。中は決して広くはない物の、割れたガラスも無ければ床も綺麗にされており村内で見かけた建物とは違う事が見て取れる。


「爺さんはここで何を?」


「見て分からんのか、住んでるんだ。」


 へそ曲がりな返答に怒りを覚えたアリスを宥めながら次はエミリアが質問する。


「村には誰も居ないみたいだけどお爺さんは一人?」


「あぁ、ここにはもう儂しかおらん。」


「他の街に行こうとかはしなかったの?この村が好きだから?」


「・・・まぁ、そうだな。久しぶりに人に会ったんだ、この老いぼれの身の上話でも聞いてくれ。」


 少しだけ考えるような素振りをした爺さんはそう言うとこの村で何が起きたのかと言うのを掻い摘んで話し始めた。


 聞けば、この村は緑豊かで『山の幸』と『美しい湖』を売りとした観光業が盛んに行われていたらしい。しかし、ある時一人の冒険者が姿を消し村人総出で探したが見つかる事は無かったとの事。それ以来人が消える村と言う噂が立ち一人また一人と消えていく。更に事態は悪い事に、泉の水が干上がり作物も殆ど取れなくなってしまう。こうなってはもう観光所ではないと見切りをつけた村人も去って行ってしまった。そんな中、爺さんの息子が村の近くに財宝があると言う噂を聞きつけ、その財宝を売って村に人を呼び戻すと飛び出て行った。しかし息子は二十年経った今でも帰って来ていない。もし息子が帰って来た時、自分がこの街に居なければ息子が悲しむだろうと爺さんは一人残ったと言う。


「その財宝って北の山の?」


「いや、息子は東側へと歩いて行った。昔は村の東には泉があったが今はもう何もない。」


 人が消えると言う点が一致している為北の山の財宝かと思えば別の物らしく、疑問が増えるスミレ。そうなると人が消えたと言う話は二か所で起きていたと言う事になる。


「お爺さん、その息子さんってどんな服着てたとかどんな荷物を持って居たのか覚えてる?」


「ん~、いつも通りの恰好に鞄を下げていただけだのぅ。」


 普段と変わらない恰好で財宝を探しに行ったと言う通常では考えられない点からエミリアは一つの答えを導き出す。それは『遠くではない』と言う事。何なら泉の反対側やその付近とまで言える程の距離。


 その発言に対しスミレは聞いちゃったし自分達もそこへ行くだけ行ってみようと提案。アリスは面倒くさそうな顔をしていたがエミリアも乗り気であった為渋々向かう事にし、爺さんに挨拶するとそのまま村の東側へと向かう。


 泉があった場所とはここの事だと分かる程大きな窪みを発見した三人は水が無い以上迂回する必要も無いだろうとそのまま底部分を歩く事に。数分もすれば反対側に出るのだが、後数メートルで窪みが終わると言う所でアリスのつま先がカツンと音を立てた。と同時にスミレとエミリアの前から忽然と姿を消してしまう。


「アリス?!」


 二人はアリスの居なくなった場所とお互いの顔を見合わせていると人工物と思われる十五センチ程の白く四角い石が地面から二センチ程飛び出しているを発見。この石に何か仕掛けがあると睨んだ二人は石に手を伸ばした。




「お、来たか。」


 二人が着いたのは二十メートル程の直線がある幅五メートル程の白い壁で覆われた通路。目の前にはアリスが立っており二人が来るのを待っていた様である。


「ただの直線。んでお前らの横には一人の年寄。」


 そう言われ正面のアリスを見ていた視線を左に向けると髭も髪も伸び放題な爺さんがじっと見つめていた事に驚いた二人は爺さんとは反対側の壁まで後ずさりをする。しかし爺さんは驚いた表情をしたまま二人を見続けていた。


「人間が珍しいか爺さん。」


「・・・あぁ、珍しいよ。ここには俺しかいない。他の奴らは皆骨になった。」


 そう言うと爺さんは通路の奥側を指差す。よく見れば通路の中央付近には白っぽい何かが無数転がっており、それが骨である事を教えたのだ。


「どういう事だ・・・?」


「ここは時が歪んだ場所。奥に箱が見えるだろ?あれに釣られて進めば忽ちあぁなる。だから俺は少ししか進めなかった。」


 爺さんの話を要約すると、奥にあるのは財宝で、通路は進むと時が加速するらしい。その為走って行った冒険者はあっという間に躯となってしまったとの事。


 進めば死ぬ。ならば帰れば良いじゃないかと提案するアリスなのだが、爺さんは出来るならしていると三人が入って来たであろう場所を指差すと、そこには赤黒い染みがあるだけの白い壁。触ってみても外へテレポートされる事もなく完全に閉じ込められている事を理解した。


「そいつはオリバーって言うんだ。俺の話し相手。」


 そいつとは誰の事なのかと壁を見てみると、赤黒い染みはどことなく顔に見えなくもない状態になっており、スミレはこの爺さんが途方もない間ここに居る事を察した。何故なら人は何もない空間に長時間居ると精神崩壊を起こしてしまう。その為、精神を維持する方法の一つとして『空想の人物』を作り出すと言うものがある事を知っていたからだ。この爺さんは壁の染みオリバーと話す事で精神を保っていたと言う事になる。


「スミレ、仮に真ん中までが百年だとすると、向こう側は二百年って事で良いのか?」


「う~ん。等間隔でならだけどね。乗数とかだったら千年どころじゃないよ。」


「まぁそれでもやるしかない。高耐久型を頼む。」


 何を血迷ったかと慌てて止めに入る爺さんだが、スミレはアリスに言われた通り頑丈で長持ちのみを追求し普段使いを考えていない義肢を取り出し装着していく。


「どうする?念のためコアも変えとく?」


「そうだな、昨日のコアを早速使ってみよう。」


 自分を無視し着々と物事を進めていく二人を止める為立ち上がろうとする爺さんだが、エミリアが「大丈夫、安心して。」と肩を抑える。その一方でスミレは昨日手に入れた魔導石を取り出すとアリスに服をはだけさせる様指示する。アリスが胸部を露出させると彼女の胸には同じく魔導石が埋め込まれていた。

「エミ、手伝って。」


 スミレに呼ばれたエミリアはアリスの横に来ると胸の魔導石に触れ頷く。それを合図にアリスの魔導石はエミリアの手により引き抜かれ間髪入れずにスミレが持っていた魔導石を押し込む。するとアリスは激痛のあまり大声を上げ痙攣を始める。


「おい、大丈夫なのか?!」


 この異様な光景に口を出さずに居られなくなった爺さんだが「あと十秒位。」と言うスミレからの訳の分からない返答に余計混乱する。しかし、彼女の言う通り十秒程するとアリスの痙攣は止まり、肩で大きく息をしながら立ち上がった。


 言うなれば心臓の交換。本来義肢であれば痛覚を繋ぐ瞬間に多少の痛みが走る程度なのだが、アリスの場合は魔導石そのものを中心とした『義肢』ならぬ『義体』である為、その痛みは想像を絶する。


「よし、行くか。失敗すれば皆お陀仏だから精々祈ってろ。」


 そう言ってアリスは通路を躊躇する事無く一路邁進する。一歩進む度髪が伸びて行き、骨が大量に転がる中央地点を通過する頃には着ている服もボロボロと崩れ始めた。


「服ボロボロだけど文句言うなよー。」


「大丈夫、予備もあるし何ならもっとキュートな服にしてあげる。」


「やっぱり帰るの止めようかなぁ。」


 時が進んでいると言うのにも拘らず間の抜けた会話をするアリスとスミレに対し鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をしたままの爺さんとは違いエミリアは何処か嬉しそうな表情で二人を見つめていた。


 箱の前に到着。とは言え箱はすぐに開けて良い物なのか戻ってからの方が良いのか分からず迷っていると「持ってきてね。」と背後からスミレの声が聞こえ箱を持ち上げるアリス。幅六十センチ高さニ十センチ程の箱は入る体積がおかしいのではないかと言う程非常に重く、高耐久型の義肢でなければ持ち上げるのも困難であっただろう。


 その重さから二倍以上の時間をかけて途中自分の髪を踏みそうになりながらも戻って来たアリスは胸の魔導石がどうなっているかをスミレに確認させる。


「おぉ、殆ど濁ってない。髪の長さからして本当に二百年位だったかもね。」


 どうやら魔導石の劣化は殆ど起きていない様で安心した三人は箱を開ける前にアリスの火照り切った体を冷ます為にも元の魔導石へと再び交換をする。勿論激痛と痙攣のコンボが繰り返されて。


 動けるようになったアリスは箱の蓋を開けたその瞬間、中から眩い光があふれ返り四人は咄嗟に手で目を塞ぐ行動を取っていると瞼を貫通する眩しさが徐々に消えていき全員が同じタイミングで目を開いた。すると見えたのは対岸に位置する村と泉の窪み。何が起きたのか分からない状態なのだがスミレは泉のあった窪みに変化があった事に気づいた。


「見て!水!泉に水が!」


 そう言われて確認してみると確かに窪みの所々から水が湧き出ている様で小さな水溜まりを作り始めていた。理由は不明だが先程の箱を開けたのを引き金に元の世界に戻るだけでなく、この世界も嘗ての光景に戻り始めたのだ。


 今回は何かしらの原因で全てが奪われ時が止まった村が箱の蓋を開けた事で進み始めた。何故こんな事になっているのかは到底理解できないが、爺さんを含め時が解放されたことだけは事実。


「そう言えば爺さん。あんた本当の歳は幾つなんだ?」


「さて、幾つかね。もう何年も何十年もあの空間にいた気がするよ。時が止まり眠気も食欲も無く常にオリバーと話してたからな。」


 アリスの問に朧気な回答しか出来ない爺さんも先程まで見ていた光景で納得のいかない疑問があった為お返しと言わんばかりに尋ねた。


「何で二百年も進んで無事なんだ?義肢だからじゃ説明はつかないぞ。」


「あぁ~その事なんだが・・・スミレ話しても平気か?」


 アリスが百年単位進んでも無事だったのには勿論理由がある。しかしその理由を話す事は三人にとっても不都合が生じる。故に言葉を濁しスミレに許可を求めるアリスに対し「私から。」とスミレが代わりに答えた。


「細かくは言えないけどね。財宝の力を使う事で長生きした・・・ってのが言える限界なんだけど。」


「そうか、言いづらいならそれで良い。俺は助かったしお前達も財宝を手に入れた。感謝するよ。」


 詳細を訪ねて来なかった為一先ず緊張を解く三人。このまま泉の水が溜まるのを見ていても何日掛かるか分からないので一行は廃村にある爺さんの家に向かう事にした。


「懐かしいな。一体何年の月日が流れたんだ・・・」


 廃村に近づくと爺さんが声を出す。どうやらこの村が栄えていた時期を知っている様で、村の中に居た爺さんから二十年経っている事を聞かされていた為その事を話すと「そんなにか。」と悲しそうな声を上げる。


「あの爺さんの所に行っても何がどうなる訳じゃないが、あんたを泊めさせてくれはするだろうからな。何でもその爺さん二十年前に消えた息子の帰りを待って居るらしいんだ。その息子があんたとかだったら出来すぎた話になるがなぁ。」


 アリスがそう呟くと爺さんは脚を止め震えた声を絞り出す。


「息子の帰りを待っている・・・まさか。」


 すると爺さんは急に走り出しアリス達がこの村に来た際に曲がった道を通って行く。まさか本当にあの爺さんが待って居た息子だったのかと三人は後を追って家の前まで来ると、そこには玄関で抱き合う爺さん達の姿があった。


 自分と同じ程の歳を取っていたとしても自分の息子である事を理解した爺さんは「良く帰った。」と泣きながら息子である爺さんを強く抱きしめ、息子も「遅くなってごめん。」と返す。そんな二人を目撃した三人は今はそっとしておこうと静かに道を戻る事にした。




「そう言えば箱の中身見てなかったな。」


 アリスは話に夢中だったのか泉の対岸からずっと持って居た箱を下し蓋を開けてみると中には大量の魔石が所せましと押し込められていた。


「おぉ~。火の大魔石に小型の魔導石もある。こっちには風の魔石も。」


 喜びのあまり箱の中から次々取り出し吟味するかの如くスミレの手が止まるには数分を要した。何故止まったかと言うと、スミレさえも実際に見る事は初めての特殊な魔石がそこにはあったからだ。


「だから時が・・・私も本でしか見た事なかったよ。」


「それって珍しい魔石なの?」


「そりゃもう珍しいなんて物じゃないよ。これは『時の魔石』時間さえも歪めちゃう反則的な魔石なの。」


 興奮したスミレはエミリアの顔に噛みつきそうな勢いで返答すると続けて説明が入る。


「時の魔石は使用するとその時間を奪うの。そして奪った時間は放出する事も出来る。つまり空間を初めとする神羅万象の時間をコントロール出来るのよ。」


「な、成程。つまりそれを使えば永遠の命も手に入ると?」


「そういう事。アリスの癖によく分かってるじゃん。」


 癖には余計だと抗議したアリスは、一呼吸おいて真剣な表情から一つの質問をスミレにする。


「俺の時も奪えるのか?」


「・・・多分無理ね。あの空間でもアリスは髪が伸びるだけだったし。」


 アリスの時を奪う。これは先程された何故二百年経っても生きているのかと言う質問の回答にもなる。スミレと出会ってから少なくとも四年の間アリスは歳を取っていないのだ。まるでアリスだけが永遠に同じ時を過ごしているかのように。


「ねぇアリス、スミレちゃん。その魔石なんだけど、ちょっとお願いが・・・」


「大丈夫。何が言いたいのか分かってるよ、エミは優しいからね。」





「まさかこんな事が・・・!」


 エミリアの願い。時の石により年を取ってしまった爺さんと、この村でその息子を待ち続けていた爺さんの時を戻してあげる事。これからの人生を年寄二人廃村で過ごすのも酷と言うものだからと。


「よし!この魔石珍しいけど、この際大放出しちゃおう!」


 二人の男を戻したスミレはそう言って街中を駆け出しながら時の魔石を放出し始めた。すると壊れた建物は昔こうであったと言う姿を取り戻し、見る見る内に綺麗な村、綺麗な草原、綺麗な畑が次々と現れる。


「爺さん・・・じゃないか今は。村の形は元に戻ったんだ。人を呼べるかはあんた達次第だぜ。」


「何から何まですまない。この恩は決して忘れないよ。」


 楽しそうに放出しているスミレを尻目にアリスは二人の男を鼓舞した後、代わりと言っては何だがと話を続けた。


「何か食べる物とかあったら少し分けてくれないか?」


「勿論、畑で取れた出来の悪い物で良ければいくらでもやろう。この村の大地は蘇ったから食材なんていくらでも探しに行ける。それに若くなったしな。」



 その後、ヒビが入った時の魔石を見て笑いながら帰って来たスミレはアリスの服を戻し忘れたと魔石を放出しようとするが時の魔石は反応しなくなり、魔石としての寿命を迎えた事を悟る。まぁ変わりはいくらでもあるからと殆ど同じアリスの服を本から取り出し強制的に着せて行く。


 伸びて邪魔になった髪はエミリアの手により綺麗に揃えられ、再びツインテールの状態に戻る。鏡を見たアリスはガックシと首を落とし落ち込むが、どうせ元に戻っただけだと気を持ち直す事にした。


「それじゃあ、また来る事があったらその時は美味い飯でも作ってくれよ。」


 休憩を終えた三人は陽がまだ高い為そのまま北の山を目指す事した。こちらも同じく人が消えたと言う場所。しかし一行の表情は明るく不安の無い様な笑顔のまま村を去って行った。






 因みに、この村は僅か数か月で以前の様な活気づいた村へと戻り、中央には『救世主の広場』が設けられ、三人の女神像が立てられるのだが、今の三人は知る由も無い。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。