44.調和 -Symphony-
ジャックの願いを聞いて、シオンは感極まって抱き着く。
「私も……ずっと、ずーっとジャックと一緒にいたい」
シオンの言葉にライラックも我に返った瞬間、照れくさそうに顔を赤らめ、その瞳に涙を浮かべる。
そんな二人の様子を見て、ジャックの表情はとても穏やかだった。
ライラックも同じ気持ちだと返事をしようとしたとき、エトワールたちや街にいる友人を思い出し、声が出なくなる。
「ラック、これは俺の本心だ。
俺はこの街で母さんが殺され、孤独になって、好きになることなんて一度もなかった。それでも、二人に出会えたことはこの街からの最高の贈り物だ。
だから、俺は二人を失いたくはない」
そんなライラックの様子をジャックはわかっていたかのように告げる。
ライラックにとってこの街は父との思い出、妹と親友の出会いに大事なものをたくさん与えてくれた街であり、大切な場所だった。
それにサルビアに最後の言葉――『一人前の狩人になって生きてくれ』、それはライラックにとってこれからどうするべきかを悩ませた。
ジャックの言葉に従い、一緒に逃げれば生き残ることは出来る。しかし、周りが敵だらけとなっているエトワールたちを助けずに傍観するのも一人前とは違う。
それに街の狩人達も放ってはおけない。アゾべがこのまま狩人として頂点に立てば、ウィズピースとの溝は大きく広がる。それは、サルビアたちが築き上げた狩人の秩序を壊すことにもなる。魔王もこのまま放っておけば街に現れ、大切な思い出の場所がすべて壊れるかもしれない。
いい街ともいえないかもしれない、辛い思い出もたくさんある。それでもライラックにとって切り捨てるには大きすぎた。
しかし、いつもは感情を全く表に出さず、どこか距離を置き続けていたジャックが初めて自分のすべてをさらけ出したからこそ、その思いには応えたかった。
苦しそうな表情で悩み続けるライラックの姿を見て、ジャックは少し呆れたように小さく笑う。
「お前にとっては意地の悪い言葉だよな。
だって、ここにはラックにとっては沢山の思い出があって、お前はそれを誰よりも愛して、助けて、慕われて、この街を良くしようと利益も求めずに動いてた」
ライラックはその言葉に納得するかのように、目を見開き、申し訳なさそうに俯く。
「ラックはそれでいいんだ。俺とは違うから。
それがラックだから、だけど俺の気持ちは知っておいてほしかった。
伝えないまま急にいなくなるのは嫌だから」
「……ジャック」
ジャックの言葉にライラックは父であるサルビアの事を思い出す。いきなりいなくなるなんて思っていなかった。
最後の会話は今でも思い出せるが、言いたいことが山ほど残っている。そんな後悔はもうしたくはなかった。
ジャックは今までのポーカーフェイスがどこかへ消えたかのような、不器用に、それでも初めてのように笑みを作る
「お前の我儘に折れるのはいつもの事だからな。
それにどんなときだって真っ直ぐ馬鹿なのがラックだ。
だから……」
最後の言葉でジャックから笑顔を消して、真剣なまなざしで拳を突き出す。
「……絶対、俺がお前を守る。
だから、ラックはやりたいことを全部やっちまえ」
ライラックはその拳と言葉を聞いて、せき止めていたものが壊れたのか、抑えきれなくなった大粒の涙を流す。
だが、ライラックはそんなことも気にせずにジャックの拳に自分の拳を合わせる。
涙を流しながらライラックは心の底からの喜びに満ちた表情が浮かぶ。
「わかったよ、俺の我儘に付き合ってもらうぞ。……だから、途中でいなくなるなよ」
ジャックは力強く頷き、ライラックは拳を合わせたまま、空いた腕で涙を拭いてから呟く。
「あーあ、一番年上なのにかっこつかねーな」
「かっこ悪いところはたくさん見ている。今更だ」
「そうそう、それに……」
シオンがジャックの言葉に同意しながら、付き合わせた拳を両手で包む。
「なんたって……おとうさんとジョーカーさんの弟子なんだから、二人が力を合わせれば大丈夫、絶対に負けないよ」
それぞれが顔を見合わせ、最高の笑顔が生まれる。
その時だけは、ここにいる三人から不安も悲しみもすべてが消え、ほんの一瞬だけ、何も失っていないあの頃に戻った気がした。




