42.独白 -Monologue-
人からはよく何を考えているかわからない、人情がない、効率主義とさんざん言われて慣れているつもりだったが、不意に沸いた説明できない気持ちを振り払うかのようにライラックの家から少しでも離れるため全速力で走っていた。
傷口が開いたのか、胸にじんわりと痛みが広がる。ジャックは足を止め、傷の痛みを抑えるように自分の胸を押さえ息を整える。
そして光のない暗がりを一切の迷いもなくペースを考えて走り出す。
しばらくしてジョーカーの船に到着して、船を確認するが明かりはついておらず、シールウッドはまだ来ていないと思いながらも、慎重に船へ上がる。
船に入ってすぐに周りを確認し、誰もいないことがわかると明かりをつけて、自室と倉庫を兼任している一室へと入る。
そこで大きく傷つけられた銃の銃身を取り換え、銃弾も十全に補充した。
それから、ジャックはゆっくりと船の中を見て回る。ジョーカーが去ってから一人で調べた資料に一人で食べ片づけをしていない食事のあとが何も変わらず残っている。
一日も空けていないのに久しぶりに戻ってきた感覚に再び、傷口がうずいたのか胸の中で何かが渦巻く。
まるでジョーカーの姿を探すかのように船の中を見て回る。いつもなら視線を向けない場所、ジョーカーが入るわけがない戸棚の扉も無意識にジャックは開けていた。
しかし、どこにもその姿はない。
そこで初めて、まだジョーカーは死んでおらず、ふらっと戻ってくる、ジョーカーなら何とかしてくれると、根拠のない期待をずっとしていることを自覚した。
ライラックたちの話、そしてエトワールからの魔王の正体から、生きているのは絶望的だと言っていい。
「あいつらにあんなこと言ったくせに、俺だって根拠もない希望に縋り付いてんじゃん」
ジャックはライラックたちに言ったことを思い出しながら、自分も同じだと申し訳なさと恥ずかしさが沸き上がる。
ジャックはゆっくりとその場に屈みこみ、小さく身を縮める。
そんな、自分の不甲斐なさに浸りきっている中、船の扉が開かれる。
「……ん。ジャック、大丈夫か?」
いつもなら船を登る足音を聞き取れるはずだが、扉を開くまで気付けなかったジャックは慌てて立ち上がり、振り返る。そこには約束をしたシールウッドが居た。
すぐに周りの視覚と聴覚で探るが、彼以外の人間は来ていないと思えた。
それにもし襲い掛かるつもりならわざわざジャックの名前を呼ぶ必要すらなかったはずなので、少しだけジャックは警戒を緩める。
ジャックは悟られないよう、平静を装って返事をする。
「大丈夫、それより何かわかったのか」
シールウッドはジャックの様子が気になったのか少しだけ沈黙が流れたが、あえて気にしないことにしたのか、確認して来た状況を話し始める。
「ほかの狩人が何をしているか色々見て回ったが。なーんか遺物狩りの準備をしてるっぽいんだよな
狩人御用達の店に行ってみたが、その装備が結構売れてる。
あと、街の治安が想像以上にいいんだよな」
「治安がいい?俺たちは同業者に襲われたんだぞ」
その言葉にジャックはとっさに突っ込む。
ジャックの言葉にシールウッドは目を見開き、付け足すように言う。
「それはなんかきな臭いな。
治安がいいって言ったのはクロウの荒くれ者がほとんどいなかったっていう意味だ。
俺自身、街に戻ることは少ないが、目に見えてクロウ所属の人間が減ってる」
「前にクロウの奴らと話したことがあるが、メンバーの整理をすると言っていたけどそれの影響か」
「整理ってこれ?」
シールウッドはそう言って首を切られるジェスチャーを行い、ジャックはそれに頷く。
「だけど、狩人がお前たちを襲ったっていうのは信じられない」
ジャックはシールウッドにギルドに戻ってからのことを話す。
アゾべが徒党を組み、ウィズピースに対抗しようとしていること。討伐隊が全滅したという噂が流れ、そこから協力する者が出てきたこと。しかし、魔王についてはあえて話さなかった。
それを聞いたシールウッドは驚き、演技とは思えない険しい表情を浮かべる。
ジャックはその様子から、シールウッドがほかの狩人と繋がっている線は薄いと考えた。
「その情報の流れ方は不自然だな。アゾべの行動も事前にある程度わかっていたから動いている感じだ」
「エトワールたちが来た四日前から誰かが計画したってことか?」
「いや、この不自然な噂の広がり方から狩人達の行動、それ以上前から準備されたかもしれない。
それに……十五年前に似てる」
シールウッドの最後のほうの呟きはジャックに聞き取れなかったが、シールウッドの予想にジャックは同感できた。
キングがジャックに接触のタイミングも思えば偶然とは思えない。魔王が憑りついた魔獣はエトワールが来る前から噂にはなっていた。その段階から計画されていたものかもしれない。
「俺はもう少し街で情報収集しようと思うがお前たちはどうする?狩人から狙われたんじゃ街にいるのも危険だろ」
「詳しくは戻ってから決めるつもりだが、最悪は船で砂漠に出ることも考えられるな」
「だったら、俺の拠点に行くという手もある。水も食料もある程度は確保してある。場所はこの辺りで」
そう言って、シールウッドは机の上から地図を探し出し、ある地点を指す。
そこはジャックが先日見つけた砂漠に埋もれた遺跡の近くだった。しかし、人が拠点できるような建物はなかったのは覚えていた。
「……その辺りには建物はないはずだ。砂に埋まった遺跡しか」
「砂の中の遺跡だよ。たぶん、内部で繋がってる可能性はあるかもな。
崩落危険もあるから誰も近寄らないが、俺の拠点に関しては安全確保してあるから大丈夫だ。入口は隠してあるがな」
そう言ってシールウッドは入口の探し方をジャックに教える。
ここまで自分の情報をさらけ出すシールウッドに対して、ジャックはあり得ないとは思うが念のため、そして見極めるためにあえて、ライラックの真似をするかのように、直接疑っていることを彼に伝える。
「拠点まで教えてくれるのは助かるが、あんたは本当に信用していいのか?
狩人から襲撃されたのはあんたがいないタイミングだ。最悪、この拠点で一網打尽ってこともできるだろ。
あんたは街に居ないから謎が多い。信用できる根拠が欲しい」
真正面から言われたシールウッドは驚き、次に小さく笑う。
「確かにクロウとも関わりもあるからな。疑われてもしょうがない。
だけど一個だけあんた達に信用してもらえるかはわからないが、誰の味方かははっきりさせるものがある」
クロウと関わりがあると知ったのはジャックにとっては予想外だが、シールウッドはわざとそれを口にしたのだと考え、深くは聞かなかった。
「それはどこにある?」
「おやっさん……、ラックの父親のサルビアと俺のやり取りした手紙があるはずだ。それを探せ」
「わかった。だったら街での情報収集は任せる」
「任された」
そう言って方針を決め、シールウッドが船を出ようとしたとき、思い出したかのようにジャックに伝える。
「何があったかは聞かねえが、もっとラックやみんなを頼りな。お前はジョーカーじゃねえんだから。
ちゃんと自分の思いを伝えとかねえと二度と伝えられないことだってあるんだ」
そう言ってシールウッドは風のように船から消えていった。
ジャックは考え込むようにしばらく、船の中に佇んでいた。




