第94話 埋められない喪失と孤独
「四神の件と……、妹の異能がらみのことは黙っておくとして。記憶喪失の事はどうする」
宮姫の意見に一応賛同の意を示した様子の東條が、残った問題を口にする。
「これについては……、隠し通すことは難しいでしょうね……」
名前も覚えておらず、自分が誰なのかもわからない。
もちろん、家のことも外のこともわからなくて、何かにつけ誰かに聞かなければならないことが多々あるだろう。
「学苑やその周辺では、東條様にお助けいただくとして」
「まあ、状況が状況だから仕方が無いな」
宮姫の言葉に、東條が承諾の意を示す。
「ご家庭の中まではさすがにどうしようもできませんものね。わたくしもできるだけ顔を見せるようには致しますけれど」
常に一緒にいるわけにもまいりませんし、こればかりはご家族のお力を借りませんと。と宮姫が困ったように頬に手を当てた。
「なんだか……、申し訳ありません。僕のために色々……」
明らかに自分のせいで周囲に迷惑をかけているということがありありとわかるのに、なにもできずにただ話を聞くことしかできない自分が情けなく、ぽつりと言葉がこぼれ出た。
「あの。これまでの僕のこととかを教えていただければ、今までと遜色なく過ごすことができるよう努力をしますので」
だから、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、お力をお貸しいただけると助かります――、と頭を下げた。
「こちらこそ、気遣いが足りず申し訳ありませんわ蓮様。今、この状況で一番わけがわからなくて不安なお気持ちでいるのは蓮様ですのに」
なるべく早く蓮様が普通の生活に戻れるよう、わたくしもお力添え致しますわね、と。
宮姫が優しく俺の手を取り、きゅっと握り込みながらそう言った。
そこに、なぜか不機嫌そうな様子の東條が「……そうは言っても、宮姫の立場だとおいそれと外に出てここに来るわけにもいかないと思うが」と口を挟んできたので。
そんな東條に宮姫が、俺の手を握ったまま体だけくるりと東條に向けて振り返り、
「……ご心配なく東條様。わたくし、今回の件をもって、蓮様の正式な婚約者となりましたので」
と、東條に向かってにっこりと笑った。
「……は?」
「婚約者なのですもの。未来の伴侶の様子を伺うために、頻繁にこちらに通っても問題はございませんでしょう?」
「……俺はそんな話聞いてない」
「今言いましたわ」
それは、初耳で当然でしょうねえとコロコロと宮姫が笑う。
「それよりも東條様。わたくし、未来の伴侶の親友だからという理由で、あなたさまのその不遜なお言葉遣いにも目を瞑ってまいりましたが……。いかがでしょうか? わたくしの立場も鑑みて、そろそろお言葉遣いを改めていただけると」
それとも、親友の未来の妻という立場をお認めいただけるのであれば、今のような言葉遣いも特例として多めに見て差し上げますけれども、と。
にっこりと微笑む宮姫に言いくるめられた東條が、苦虫を噛み潰すような顔をして黙り込んだのだった。
◇
結局――、そのあと。
俺が目覚めたという話を聞きつけ、父親だという人物が俺の部屋に訪れた。
それから、遅れて現れた妹ふたりも合わせて、宮姫がざっくりと(ある程度話を都合よく改変した)今回の状況を説明してくれた。
ちなみに、その頃には東條が指示したのか、いつのまにか蒼龍はどこかへといなくなっていた。
……っていうか俺。
妹、ふたりもいたんだ。
さっきまでの話の流れだと、話に出てきた妹はひとりだけだったので、ふたりいるとは思っておらず。
おそらく、毅然と立っている姉と、それにべったりとくっついている方が妹なのだと察して、仲の良い姉妹なんだなと漠然と思った。
そうして、俺の代わりに事情を説明してくれた宮姫の話を聞くと、父親は喉に何かをつまらせたような顔で「……記憶喪失ですか」とつぶやき。
ふたりの妹たちのうちの姉と思われる方が、突然ぼろぼろと涙をこぼして「……ごめんなさい」と謝り始めた。
「ごめんなさい……! お兄様……。ごめんなさい……!」
「…………」
そう言って妹は、流れ落ちる涙を手のひらで拭って、それでも追いつかないくらいに涙を流し、その場でただ立ちすくみ泣きじゃくった。
それを見た俺は、なんとか慰めてあげたいと思う心が芽生え、身を乗り出すものの――。
……慰めるために呼びよせるにも、呼びかけてあげる名前さえ思い出すことができない自分に、ひとり愕然と打ちひしがれた。
――それでも。
「……大丈夫だよ。泣くことなんてないから」
おいで、と。
名前も何も覚えていない俺が慰める資格などあるのか――、そんな葛藤を押さえ込みながら、なんとかしてあげたいという一心で呼びかける。
そうして、俺の呼びかけを受けて「お兄様……!」と涙で顔を濡らしながら、妹が俺に縋りついてくるのを受け止めて。
安心させるように優しく妹の背中を撫でながら――途方に暮れた。
――おそらく。
俺がいくらどう努力したところで。
埋められることはないのだ。
彼女たちが失った、【西園寺蓮】を。
記憶を取り戻さない限りは、埋められない喪失。
表には出さずに、ひとり静かに――、哀しみを隠した。
本当の孤独とは、人に囲まれた中にいるからこそ感じるものなのだと、その時、初めて知った。
【中等部二年生編 完】




