書籍1巻発売記念SS 菊華ちゃんともったいないおばけ1
※時系列的には、白百合と菊華が初等部に入学する前の話です。
それは、夕食の時間に菊華が『おなかがいっぱいだ』と言って夕食を残すようになったことが、事の発端だった。
「もうごちしょしゃまでしゅ……」
「菊華、まだ残ってるよ」
「う……。きっか、もうおなかいっぱいだもん……」
俺が『まだ残っている』と言うと、菊華が気まずそうに口を尖らせて呟いた。
――ほらみたことか。
菊華の様子を見て、心の中で嘆息を漏らす。
おやつの時、俺があれほど『晩御飯が食べられなくなるからやめておきな』と止めたのに、『だいじょうぶだもん、きっかたべれるもん!』と言い張るから。
これが、たまになら俺もあまり厳しく言うことはないんだけど、ここ最近ずっとこんな感じで食べ残し癖がついているのだ。
俺だって、誰しも適切な食事量というものがあるのはわかっている。
わかったうえで本当に無理だと言う相手に食べさせようとは思わない――が。
今の菊華の場合は、好きなおやつを食べたいだけ食べて夕食をないがしろにし始めている。
教育係の兄としては、ここで一回びしっと言わなければ。
そう思いながら、『食事を終えていいよ』と言われないためにまだ食卓に座り続ける菊華に言葉をかける。
「……わかった。じゃあ今日はもうこれでごちそうさましていいけど、料理長にお残ししてごめんなさいって言ってきてね」
「ふぁい……」
少し厳しめな声色で俺がそう言うと、菊華が「ごちしょしゃまでちた」と言って固い表情のまま椅子から降りる。
「あと、料理長にごめんなさいしたら、俺の部屋に来ること。わかった?」
「あい」
俺の言葉に返事をしながら菊華がとてとてと食堂を出て行った。
はあ……。
「……蓮様。子供のすることなのですから、そんなにめくじらを立てなくてもいいんではないですの?」
俺が肩で小さく息を吐くと、それを見咎めてかはわからないが早苗さんがそう言って口を挟んできた。
……ぬおおおおおお……!
『菊華の教育係をやる』と言ったのは俺なので別にこの状況に対して不満を抱いているわけではないが、なんというか、中途半端に口を挟まれるとなんだか腹立つな……。
腹は立たせながらも、顔には出さない俺なのだったが。
「……そうですね。早苗さんの言うことももっともだと思いますが。でも僕は、妹たちには自分が口にする食べ物や食事を、作ってくれている人がいるということをちゃんと分かってほしいので」
――口うるさいのは自分でも分かっているけれど、そういうことを教えるのも教育だと思うんですよ、俺は。
後半の部分は、口には出さずに胸中で呟く。
与えられているものを当たり前だと思うから、態度もぞんざいになる。
今ある環境が、誰かの働きによって得られているのだという感謝を忘れない。
小さなことだけれど、それを菊華に知ってほしい。
多分だけど、そういう小さなことを取りこぼして行ってしまった結果が、悪役令嬢という末路なのだ。
「すみません。菊華の様子が気になりますので、僕もこれで失礼させていただきます」
そう言って、食卓に残る父と早苗さんに断りを入れると、白百合も「私も失礼します……!」と言って俺に続くように席を立った。
食堂を出た後、白百合が「お兄様、菊華ちゃんは……」と心配そうに尋ねてきたので、「……まあ、軽くお説教かな」と言って、白百合には苦笑いで返しておいた。
◇
そうして。
「……菊華。兄様はちょっとオコです」
――あれから、俺の部屋で。
正座をさせた菊華と膝を突き合わせた俺は、厳粛な顔を作りながら目の前の菊華にそう告げる。
「…………」
「あのねえ菊華。菊華だって、自分が一生懸命つくったお料理をお残しされたら嫌でしょう?」
だってねえ。
この子には、もう何回かお菓子作りをさせているのだ。
シュークリームのクリーム詰めとか、ホットケーキのたねをかき混ぜるだけだけど、それでも厨房で誰かが自分たちのご飯を作ってくれているという認識はついているはずなのだ。
「そりゃあね、兄様だって人間だから、つい美味しいお菓子が出た時とかに食べ過ぎちゃうのはわかるけど。さすがに毎日はダメだよ」
「ふぁい……」
俺の言葉に、菊華がしゅんとしょげ返る。
心なしか、こめかみでちょこんと結った髪の毛も力無くへたれているような気がするのは気のせいだろうか……。
「これで明日もまた同じことをしたら、兄様にも最終手段があります」
「ふぇ……?」
注意するだけだと効果がないかもしれない。
なにせ、これまでだってちゃんと『夕飯食べられなくなるよ』って注意してきていたのだ。
言っても聞かないのなら、こちらにも奥の手があった。
「もしまた明日菊華がご飯をお残ししたら――、その時は兄様は、もったいないお化けを呼びます」




