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【書籍化】悪役令嬢の兄に転生した華族令息の俺、破滅回避のために妹教育を頑張ったら、最高に可愛いブラコン令嬢を爆誕させてしまいました  作者: 遠 都衣
中等部2年生編

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第92話 期間限定契約と対価




 ――水面に浮かび上がるように、ふわりと意識が浮上する。

 

 ふっ、と目を覚まして――どうやら自分がベッドに寝ているのだということに気づき。

 ゆっくりと、辺りを見回してみる。


 外は燦々(さんさん)と陽光に照らされている。

 どうやら今は日中のようだ。


 空気を大きく吸い込んでみる。

 ゆっくりと喉を通っていく少し冷えた空気は、少なくとも真夏ではないことだけは明らかにわかった。


 どれくらい寝ていたのだろう?

 寝る前の記憶をさらって見ようとして――、なにも思い出せないことに気づく。


 いつ寝たのか。

 眠る前に何をしていたのか。

 それを糸口に記憶を手繰《たぐ》り寄せようとしたのに、掴んだ先に何もなく、バラバラと解《ほど》け落ちるように脆(もろ)く消えていく。

 

 頭はすっきりとしているのに、体が言うことを聞いてくれないことにももどかしさを感じていると、ふと、かちゃりと部屋のドアが開く音が聞こえた。


「………………、蓮様…………?」


 ――それが、自分の名前だと言うことに気づくのに数秒かかった。

 

「あ……」

「蓮様……! ああ、よかった……!」


 感極まったように口元を押さえてそう言ってくるのは、多分、歳の頃から言うと中学生くらいと思われる綺麗な女の子だ。

 仰々(ぎょうぎょう)しく着物を着て、これからどこか改まった場所にでも出掛けるのだろうかと思いぼんやりと見つめていると、「蓮様……?」と少女が怪訝そうに尋ねてきた。


「……あの……。……蓮……、っていうのが僕の名前で、合ってますよね……?」

「……………………え?」


 こちらの問いかけに少女が一瞬不可解そうな表情を浮かべ、それから、数秒置いてようやく俺の口にした内容の意味を理解したのか、その表情が一瞬にして絶望に変わったのを目の当たりにした。


「………………嘘」

「………………すみません」

 

 そう言って。

 彼女の瞳からみるみる涙が溢《あふ》れ出したのを見て、居《い》た堪《たま》れなさに目を背ける。

 

 そのまましばらく、隣で彼女がハンカチに顔を当てて静かに嗚咽《おえつ》を漏らし続けるのを――かける言葉もなく黙って聞いていた。


 やがて。

 ようやく気持ちが収まったのだろうか、彼女が「……はぁ」と小さく息を吐くと、「……ごめんなさい、取り乱して」と涙の名残のある声で話しかけてきた。


「……全く、何も、覚えてないの?」

「………………そうですね」


 自分の名前も、立場も。これといってはっきりと答えられるものが何もなかった。

 驚くことに年齢さえ分からない。

 そのくせ、逆に何もないからなのだろうか。

 多少の動揺はあるが、妙に冷静に物事を感じている自分がいた。


「……待って。白(びゃく)は?」

「……白(びゃく)?」

「あなたの神獣よ。なんで目覚めたのに出てこないの」

「……ここにいる」


 突然、それまでいなかったはずの存在の声が室内に響いて、少女とふたりで思わず声のする方を凝視した。

 見るとそこには、これまた少女と似たような古風な格好をした、強面の青年が佇んでいた。


「……神獣?」


 と言われて瞬きをしてみたけれど、どう見ても珍しい銀髪のいかつい男性にしか見えない。


 そう思って、訝《いぶか》しげに『白(びゃく)』と呼ばれた青年を見ていたら、逆に向こうから忌々しげな顔つきで「……どういうことだ。なぜ、記憶がない」と問いただされた。


「それは、こっちが聞きたいのだけど」


 あなたがわからないのにわたくしにわかるわけがないでしょう、と少女が白(びゃく)に喰ってかかる。


「……異能の反動と、魂の分離が悪さをしたか……?」


 そう言いながら、青年に顎《あご》を取られて、顔をあっちこっちへと向けさせられながらジロジロと身体を検分された。


「異能の反動……、と、魂の分離って、どういうこと……?」

「……」


 少女が、小さくつぶやいた白(びゃく)の言葉を耳ざとく聞き咎めると、それを受けた白(びゃく)はちらりと俺を見た後に一瞬迷うような表情を見せ、しかしそれからおもむろに口を開いた。


「主《あるじ》――蓮は。妹の異能の書き換えのために、特例で他の四神と契約をしたのだ」

「……特例?」

「ああ」


 白(びゃく)の言葉に、少女が眉を顰めながら聞き返す。

 銀髪の神獣が少女に説明するのを横で黙って聞きながら理解したが、どうやら俺には妹がいて、その妹の持つ異能が規格外に高い能力だったために別の異能に無理やり書き換えをしようとしたらしい。


 ただ、それをする際に、現時点での自分の能力だと書き換えをするに足るだけの力がなかったことから、能力の底上げをするために他の四神――、玄武と朱雀と仮の契約をした、と言うのがことの発端だそうで。


「それで……、なんで記憶喪失になるわけ?」

「通常の契約を交わすと四神を3柱従えることになる。それは体裁的に良くないということと、以前にも蒼龍から契約を持ちかけられた時に断っておるのに、蒼龍は断って他の四神と契約することは不義理が過ぎると言い張った蓮が、今回限りの期間限定契約を申し出た」


 正式な契約はしない。

 だけど力は貸して欲しい。

 その対価として見合うものは何か――という話になった時に。

 魂の一部を貸し出すという話になったのだそうだ。


「魂の一部を……、貸し出す? それって……、寿命が短くなるとかそういうこと?」

「魂と人の寿命は関係ない。魂とは、経験やそれによって得た感情や記憶の溜まり場のようなものだ。そもそも魂とは、もともと満ち欠けを繰り返しながら成長していく」


 一部が欠けたからといって本来、突然記憶がなくなったり感情がなくなったりするものではないのだ、と白(びゃく)が説明をしてくれた。


「我らにとって、蓮の魂のような質の良い魂は、人における馳走と同等。故に玄武と朱雀は、今回限りの助力の返礼として、魂の貸与を対価としてみとめたのだ」


 日常生活を送るのに不便にならなければ――。

 それを条件に、契約は成立したと思っていたのだったが。

 

「確証はないが――、考えられるとすれば、魂を分けた衝撃と消耗の激しい異能を使った反動が相待って、記憶障害を起こしたか。もしくは奴らの持って行った魂のかけらに、記憶にまつわる部分が誤って紛《まぎ》れていってしまったか……」

「は……?」


 白(びゃく)の言葉に、少女が意味がわからないと言いたげな表情で息を吐いた。


「紛れる、って……。そんなことあるの?」

「わからぬ。前例もないことだしあくまでも可能性の話だ」


 しかし、あらゆる可能性を想定し潰していかぬことには、問題解決にたどり着かぬと曰《のたま》う白(びゃく)に。


「ちなみに……、貸与ってどれくらいの期間なの?」


 と、少女が眉を顰《しか》めながら白(びゃく)に問いを重ねた。


「……5年だ」

「はあ!?」


 5年も記憶がないかもしれないっていうの!?


 と、それまでじっと堪《こら》えながら話を聞いていた少女が、そこで初めて声を荒げた。


「いやしかし、流石にこれは契約不履行であろう。日常生活に支障のない、という約束であったのに。これでは支障のないとは言い難い」

「言い難いも何も! 支障ありまくりでしょうに!」

「故に我は、これから天界にもどり玄武と朱雀を探しだし、事の次第を確かめてくる」


 奴らに預けた魂を戻すことで記憶が戻ればよし。

 戻らなければまた別の方法を探さねばならぬが……と、顎《あご》を押さえながら白(びゃく)が考え込む様子を見せる。


「常ならば、奴らも呼べばすぐに降りてくるものなのだが……。新しく手に入れた宝に夢中になっておるのか、全然応答が返ってこぬ。奴らを見つけて戻るまでは、しばらく留守を任せることになるかと思うが、その間蓮をよろしく頼む」

「わかりました。……というか、頼まれなくても元々そのつもりでした」


 だから安心して――、でもできる限り早く。問題の解決策を見つけて戻ってきてくださいませ、と白(びゃく)に向かって少女が哀しげに笑った。


「かたじけない。……蓮。お主《ぬし》に貸した左目はそのままにして行く」


 返してもらうのは、記憶が戻った後だと。

 自分がいなくても、緊急時は左目を通じて状況は確認できるから、何かあれば呼べと言い残し。


 白(びゃく)と呼ばれた男は、現れた時と同様に、掻《か》き消えるよう忽然《こつぜん》と虚空に消えた。






「………………」


 そうして、嵐のようなひとときがひと段落したかと思うと、また静寂の時間が訪れた。


 ……あれ。

 そういえばまだ、この子の名前を聞いていない。

 どことなく気まずい空間を誤魔化そうと呼びかけようとしてそのことに気付く。


 これだけ身の回りに付き添っていてくれて、心配してくれているのなら、浅からぬ関係であることはおそらく間違いないだろう。

 今更だけれども、きっと聞くなら今だと思い、口を開こうとした時だった。



「おい! 蓮! 入るぞ!」


 

 新たな闖入者《ちんにゅうしゃ》の声が、廊下から聞こえてきたのは。

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