第87話 答えの出ない問いかけ
「……あ」
「いえ待って。返事は今聞きたくない。……今聞いて、あなたの妹の件に対応する当日に、余計な邪心を入れたくないから」
こちらの返事を制するよう、片手を俺に向けて上げた宮姫がきっぱりとそう言った。
だから、答えは今すぐにではなく、白百合の問題が解決してから聞きたいのだと。
どんな答えを出してきたとしても、自分はちゃんと受け止めるからと爽やかに笑って言い切った宮姫は。
――清々しいほどに清廉で、男の俺から見ても、格好良くて綺麗だった。
◇
……強いなあ。
宮姫を送り届けた帰りの後部座席で、ぼんやりと窓の外に浮かび出した薄月を眺めながら、宮姫のことを考える。
――ちゃんと、自分で自らの人生の舵を切って生きられる女性だ。
自分の望みを相手に押し付けることなく伝えることができて、前を向いて進んでいくことができる人。
……もとから、ちゃんとしている子だなとは思っていたけど。
今になって、先ほど言われた言葉の衝撃が降りかかってきて、ずり、と後部座席に沈み込む。
……婚約か……。
いまでこそ、こうして頻繁に会って話ができているけれど。
これで宮姫からの申し出を断り、『婚約をすることはない』と断定してしまえば、今までのように会うことはできなくなるだろう。
俺も彼女も、生まれた家や立場を考えると、いずれは結婚という将来が避けられない現実としてあるわけで。
『婚約はできないけれど、友達としてこれからも会って話をしよう』と口約束をしたとしても、それは間違いなく建前で、現実的にほぼありえることではないのだ。
俺の家もそうだし、宮姫も間違いなくそうだろうけど、この婚約話が終わった時点でどちらの家も次の結婚相手を探すために動き出す。
次の婚約者候補が見つかった時点で、もしくは次の相手との婚約が決まった時点で、婚約者以外の異性と接点を密に取り続けているなんて、不貞な人間としてしか見られない。
それは多分、俺よりも女性側の方が、その印象が悪い方に強くて。
………………どうするべきなんだろう。
受けてしまってもいいんだろうか?
間違いなく宮姫はいい子だし、白百合や菊華のことを考えると、他所から事情を知らない女の子を家に迎え入れるよりは確実に味方になってくれると思う。
父も昔よりは妹たちのことを気にかけてくれるようになったし、ここまで来て今更菊華も悪役令嬢堕ちすることもないだろう。
――宮姫の言う通り、これで白百合の異能問題が解決したら、俺たちの未来を脅かすひとまずの大きな障害は無くなるのでは?
それに別に。
婚約して――、とんとん拍子に結婚したとしても、俺がこの家を出ていくわけでもないし。
あの子たちが結婚してこの家を出ていくまでは、俺の目の届くところに妹たちがいることに変わりはない。
考えれば考えるほど、条件的には悪くない話に思える。
なのになぜ――、自分の中で、なにか引っかかりのようなものを覚えるのだろう――?
「……早すぎるから、とかかなあ……」
誰にともなく、誰に聞かせるわけでもなく、ぽつりとひとりつぶやく。
確かに、俺も宮姫もまだ14歳ではあるけれど。
とは言っても、婚約はしたとしても実際に形になるまでには少なくともあと4年は猶予はある。
あくまでも希望的観測だけど、俺の学業を修めるまでは婚約という形で関係を維持していくだろうし。
と、そこまで考えて。
自分がずいぶんと物事を打算的に考えていることに気づいて、また少し気分が重くなった。
……これじゃあ、宮姫にも失礼すぎるだろ……。
「あ〜〜……」
あああああああああああ……。
だめだこれ。
多分、動揺を引きずっているし、今考えても生産性のある答えを生み出せない気がする。
帰って一旦寝て、それから考えよう。
いやむしろ、今ちょっと仮眠しよう。
寝て、起きて、朝の爽やかな光でも浴びたら、もう少しクリアな頭で考えられる気がする。
いや、単に直近の問題から現実逃避をしているだけの気もするけど。
「っていうか俺……、今一番考えなきゃいけないことが他にあるんだったわ……」
白百合の異能を発現させた後、白百合の強すぎる異能をどうするか問題。
そこまで問題を解決させないと、一件落着とは言えないんだよなあああ……。
一応、考えている策はあるけど、実行に移す前にどこまで成功率が高いかを確認しないことには実行にも移せないし。
…………………………。
……だめだ。
頭が働かん。
今日はとりあえず一旦寝よう。
ちょうど、そう思ったところで車が家に到着し。
出迎えてくれた使用人から食事はどうするかと聞かれたけれど、食欲がないのであとで軽食を部屋に持ってきてほしいと言ってそのまま自室に足を向ける。
そうして、なんとなく重たく感じる体を動かしながら部屋まで辿り着き、どさりと寝台に横になったところで――。
コツコツ、と。
「……お兄様」
窓の外に、指の背で窓を叩き、こちらに向かって小さく声をかけてくる妹の姿が見えた。
――――――――――
理詰めで考えてはいるけど、
ちゃんと「……宮姫、可愛かったな……」とは思っている兄です。
この一言、本文に入れたかった。。




