第80話 花火と浴衣とポーカーフェイス
「お兄様! 見てください!」
そう言って、ドアから身を滑らせて出てきた菊華が、とてててっ! とこちらに駆け寄ってくる。
「あれ、菊華どうしたの? それ」
ふと見ると、いつのまにか来る時に来ていたよそゆきセーラー服から着物に着替えていたのに驚いて、菊華にそう尋ねると――。
「タカコ様が……」
「菊華ちゃん、だめじゃないですか急に……!」
「あ、お姉様!」
そう言って菊華を追いかけるようにして現れた白百合も、先程着ていた服とは違う、可愛らしい着物姿になっていた。
「貴子様が着せてくださったんです! お姉様も!」
お兄様、どう? どう? と、着せてもらった着物を褒めてもらいたい菊華が、横揺れしながらにこにこと俺に尋ねてくる。
「ふたりとも、すごく可愛いね。似合ってる」
「えへへ……」
「よかったわ、蓮様にもお気に召してもらえて」
そう言って、会話に加わってきたのは、いつのまにか白百合の後ろに立っていた貴子様だった。
「子供の頃の夏の薄物をずうっと取って置いたのだけれど、蒼梧に着せるわけにもいかないし。もったいないと思いながら箪笥に寝かせていたのよ」
よかったわ、こんな可愛い子たちに着てもらえて――、とふわふわと笑う貴子様に、俺は内心で涙を流しながら心から感謝した。
……そうなんだよね……。
俺の中では、花火といえば浴衣! というイメージだったから、よっしゃこれを機に可愛い妹たちに夏用の浴衣でも用意するか! と思っていたのだけど。
この時代では浴衣はまだ、寝巻きという扱いなのだ――。
下町なんかに行くと、ちょっとそこまで気分で浴衣で花火大会みたいな人たちもいなくもないらしいが、まあどう考えてもセレブヒエラルキートップに立つ我々には考えられないことで……。
あえて言うなら、パジャマで花火大会に行く感覚だからね……!
だから結局、『妹と浴衣で花火計画!』はあえなく頓挫したと思っていたのだが――。
「ありがとうございます貴子様。うちはあまり、この子たちに着物を着せないんです。お正月とか習い事の時くらいで……。なので、お気遣いとてもありがたいです」
子供のうちは動き回るし平日もほとんど制服だしで、着物はもう少し大人になってから慣れさせればいいかなと思って普段着にはさせていないのだ。
「西園寺のおうちはそうなのね。うちはむしろ、平時から着物を着るのが当たり前みたいなうちだったから……」
子供の着物なんて、すぐ成長するから勿体無いと思うのに、やたらめったらと母が買い揃えてねえ……と貴子様が笑う。
「貴子様のご幼少の頃も、さぞお可愛らしかったんでしょうね」
「あら、蓮様ったらお上手ねえ」
俺の言葉にそう言って貴子様がコロコロと笑って返してくるが、別におべっかで言ったわけではなく、本心からそう思って言ったんだけどな。
もともと女性向け恋愛小説のヒーローである蒼梧の母親だけあって、貴子様も大層見目麗しいご婦人なのだ。
蒼梧がキリッとしたイケメンなのに対して、造作は似ていても貴子様の方が柔らかい印象で。
どちらかというと系統的には白百合の方が近い。
あれ……、改めてそう考えてみると、もしかしたら蒼梧って、マザコン……?
と、着物の話からだいぶ話がずれたところで、友人の新たな属性にはたと思い当たってしまった。
「おい、どうしたぼうっとして」
そんな、よからぬ疑念をこっちの内心を余所に、蒼梧が「着物の話はそれくらいにして。せっかくみんな集まったのなら全員でカードゲームをやろう」と言い出し、貴子様と妹たちをトランプに誘った。
ちなみに、白百合と菊華はトランプは初めてである。
貴子様にもやったことがあるかと聞いたら初めてだと言ったので、まずはトランプの基本、ババ抜きのルールを教えて、みんなでやることにした。
白百合と菊華は最初は参戦せず、両側に座らせ俺の手元を見せてルールを教えながらやったのだが、俺の手持ちのカードを抜き取る蒼梧の指がババにかかると、わかりやすいくらいに菊華が「はわわっ!」という表情になり、ポーカーフェイスもへったくれもなかったのが逆に面白かった。
まあそのせいでその回は惨敗だったけれども。
その後は、みんなに均等に手札を配り、全員参加でババ抜きをしたのだが、菊華の百面相が可愛すぎて見ているだけで癒された。
どうやら同じく、その面白さに気づいた蒼梧が菊華をいじって遊んでいたが、いじられたと気づいていじけた菊華が「お兄様、あのひとやだ……」と言ってぴとっと俺にくっついてきたので、きっちり蒼梧に謝らせて仲直りさせた。
そうして、あっという間に日が暮れて、夕食をいただいた後冷やして置いたフルーツポンチをみんなに振る舞った。
白百合から『だいえっとおやすみ日』を許された菊華も美味しそうに食べてくれていたし、予想通り白玉が気に入ったらしい炭水化物大好き四神はおかわりをせがんできてもりもりと白玉を食べていた。
その後、完全に日が落ちて涼しくなったテラスで、湖から打ち上げられる花火大会を見て。
蒼梧が用意してくれた線香花火をきれいきれいと騒ぎながら堪能し終わる頃には、菊華も白百合もお互いにもたれあいながらうとうととしていた。
菊華にいたっては半分以上夢の中だ。
「白百合、もう布団に入る?」
「……そうですね……、楽しかったせいか、ちょっと疲れちゃいました……」
「やぁだ……、おねーさままだ遊ぶぅ……」
夢現にも関わらず、まだ遊ぶと白百合に抱きつこうとする菊華にふたりで苦笑する。
――どうやら、蒼梧が提供してくれた夏休みのイベントは、妹たちにとって楽しい良い思い出になったみたいだ。
翌日、蒼梧と貴子様に見送られて乗った列車の中で「またみんなで来れたら良いねえ」とにこにこと笑う菊華に、「そうだね」と答えた俺なのだった。




