第74話 くさってもほどほどに
「――東條様は、本当に蓮様がお好きなのねえ……」
俺から蒼梧になんと答えるべきか。
言葉を選ぶためのわずかな静寂の時を打ち破るように、宮姫がぽつりとつぶやいた。
「いっそのこと、あなたたちで結婚しちゃえばいいんじゃないの?」
「は?」
すっと目を細めて、一癖ありそうな笑みを浮かべながら宮姫が言った言葉に、蒼梧が不愉快そうに眉を顰める。
その瞬間、なんとなくピンときた。
「宮姫……」
――さては、腐女子ですね?
「……よろしくない漫画の読み過ぎじゃありませんか?」
「あら? よろしいよろしくないの基準を蓮様がお決めになるのは違うのではありませんか?」
半眼で宮姫に告げる俺に、ほほほと笑いをこぼしながら平然と返してくる宮姫。
「おい、俺を置いて話を進めるな」
そこに、おそらく俺たちの会話の内容が理解できなかったであろう蒼梧が割って入ってくるが、詳細を説明しようとするものはその場には存在しなかった。
「まあ――、蓮様が誤解なさっているようですので弁明させていただきますけれど。わたくしは別に腐っているわけではありませんのよ? 理解を示しておりますだけで」
場を和ませるための発言でしたが、お気に触ったのでしたら謝罪致しますわ――、と。
食えない笑顔で笑う宮姫の隣で、蒼梧が「ケッ!」とでも言い出しそうな顔でそっぽをむいていた。
……このふたり、とことん相性が悪いんだなあ……。
「……蒼梧。いくらなんでも態度が悪すぎるよ」
そう言って俺が蒼梧を窘めると、言われた蒼梧の方はしぶしぶといった体で多少態度をあらためて円卓に向き直った。
「蒼梧が俺のことを心配してくれているんだってことはわかったけど。俺は大丈夫だから」
自分で言うのもなんだけど俺、割とたくましい方だし。メンタル的に。
伊達に人生2周目まわってるわけじゃない。
置かれた場所で自分の幸せを見つける術くらいは、身につけられているつもりだ。
そういうつもりで、安心させるために蒼梧に向かって笑って言ったのだけど、蒼梧の方はというと、苦虫を噛み潰したような顔で何かを口にしようと開きかけ、結局は諦めたのか「はあ……、もういい」と言って、それ以上、口にするのをやめた。
……まあ、蒼梧とは別に、ここで話さなくても学苑でいくらでも話す時間はあるしね。
何がそんなに納得いかないのだろうとは思うけれども、ここで言及する必要はないと思って話を切り替える。
「すみません宮姫。こいつ、態度が悪くて」
「いいえ、気になさらないでくださいな。むしろわたくしとしては、仲の良いおふたりを見れてとっても楽しかったですわ」
良い時間をありがとうございます――とにっこり微笑む宮姫に、外から声がかけられた。
「お嬢様。そろそろお時間が……」
「ええ、わかりました」
そう言って宮姫が外から声をかけてきた御付きの女性にそう答えると「それでは蓮様、東條様。残念ですが今日はこちらで失礼させていただきますね」と優雅にこちらに向かって軽く腰を折ってきたので。
俺はすっと席をたち、まだ椅子に座ったままの宮姫をエスコートするために彼女の席に近づいていく。
「……ありがとうございます、蓮様」
彼女の背後に立ち椅子を引いた俺に「またご連絡いたしますわね」と宮姫が言うので「お車に乗るまでお送りしますよ」と返して手のひらを差し出す。
そうして、そのまま馬車に乗るところまでエスコートし、最終的に馬車に乗って帰って行く宮姫を蒼梧と見送ったのだが。
「お前……、あれと結婚するのか」
「蒼梧」
遠ざかっていく馬車を見ながらそうつぶやく蒼梧に「あれとか失礼だろ」と窘めると「……他に誰も聞いてる奴もいないからいいだろ」とふてぶてしく言い返された。
「……なんでそんなに嫌ってるの?」
「俺が嫌ってるんじゃない。向こうが俺を嫌ってるんだ」
聞くと、蒼梧と宮姫は昔から、家の付き合いで何度か顔合わせをしたことがあるらしいのだが、なぜか目の敵にされている印象を受けているのだそうで。
「……何か嫌がられるようなことでもしたんじゃないの?」
「そうは言われても。全然記憶にないものは仕方ないだろ」
と、むっすりとむくれる蒼梧。
う〜〜〜ん……。
多分、なにか踏み抜いたんだろうなあ……。
本人の意図しないところで。
でも別に、嫌ってる、っていう感じでもなかったけどなあ……。
はあ、とため息をつきながら「……結婚するかどうかなんてまだわからないよ。婚約の申し入れはあったけど。ただ良い縁ではあると思ったからこうして定期的に会ってるだけ」と蒼梧に答えた。
「……そうか」
「で、蒼梧はどうするのこれから」
何か用事があって書店に来たんじゃないのかと尋ねると、「ああ、そうだな。買うものを買って帰る」と言ったので、そこで別れた。
……はあ。
まさか宮姫と蒼梧が知り合いだとは思わなかったけど。
よくよく考えると、四大華族筆頭家の嫡男と皇家の姫だったら別に、接点があってもおかしくない。
それにしたって宮姫は、なぜあんなに蒼梧にちょっかいをかけるのか。
こんど、ふたりで会ったときにでも聞いてみよう、と思いながら。
車に揺られて、帰路へ着いたのであった。




