第69話 夕暮れと
「…………あれ」
ふと気づくとそこは、見覚えのあるうちの離れの縁側で。
なにやら左肩に重みを感じると思ったら、ひとの肩を枕にして、菊華が俺の隣ですやすやとうたた寝をしていた。
あああ。
この子はまたあ……。
菊華には前にも「もうお姉さんなのだから一緒に寝るのはダメだよ」と言ったのに。
ここで俺がうたた寝してるのを見て、「隙あり!」とか思ったんだろうなあ……。
………………。
いや、可愛いとか思ってないよ?
………………可愛いけど。
………………いや可愛いよ………………。
人がうたた寝していて、目を覚ましたら横で妹がすやすやしてるとかさ……。
………………はあ。
「……白。俺、どれくらい寝てた?」
『一刻半ほどだな』
だいたい3時間か。
ここにきて本を読み始めたのが14時前だったから……、と思っていたら、隣で人の肩にもたれかかっていた菊華がもぞもぞと身じろぎをした。
「ん……」
淡く日暮れを照らす、茜色の光。
それが、瞼を閉じたままの菊華の白い頬を、うっすらとオレンジ色に染めて。
さあっ――と、涼やかな風が間を通り抜けていく。
――人は、生きていると。
「この時が永遠に続けばいいな」と思う瞬間が、人生のうちに何度か訪れる。
例えば、涙が出そうなほどきれいな夕焼けや、宝石を散りばめたような満天の星、通り雨の後に雲間から降り注ぐカーテンのような陽の光と、そこにかかる虹。
それらが切なく胸を打つのは、それが永遠に続かないものだとわかっているからだ。
――それに似たものをいま、目の当たりにしていると思った。
寝息に合わせて微かに胸を上下させる妹は、きっとあっという間に成長して大人になっていくのだろう。
2度と訪れない今という瞬間。
気持ちよさそうにすうすうと隣で居眠りをする妹を見ながら俺は、与えられた今という瞬間の尊さを、静かに噛み締めるのだった。
やがて――、「お兄さま……?」と、まだどこか夢見心地な様子で菊華が目を覚まし。
そんな妹に俺は「おはよう」と声を掛ける。
「おはようございます……?」
「……ダメだろ菊華。一緒に寝るのは良くないって、前にも言ったのに」
俺の言葉に、寝ぼけまなこでまぶたをこすっていた菊華が、「でも……、おにいさまうなされてたみたいだったから……」とむにゃむにゃしながら言葉をこぼす。
「うなされてた?」
「うん。うう〜、って」
だから、菊華に何かできることはないかなあと思って右往左往してるうちに、気づいたら寝ていたのだと。
「お兄さまの夢、いやな夢だったの?」
嫌な夢――、だったんだろうか。
「……どうだろ。よく、覚えてないや」
ついさっきまで見ていたような気がするのに、思い出そうとすると何も記憶には浮かび上がってこなかった。
――まあ、夢ってそんなもんだよな。
「でも、菊華が助けてくれたんでしょ。ありがと」
「えへへ……、どういたしまして」
お礼を言いながら菊華の頭を撫でると、ふにゃっと笑いながら菊華がはにかんだ。
「お兄さま、白に触ってもいい?」
「いいよ。白に聞いてごらん」
「白、いーい?」
菊華に問われた白は、尋ねてきた菊華の頬を鼻先で軽く撫でると、好きにせいとでも言うように再び顔を床に伏せた。
それをいいことに菊華は、ぽふりと白の腹に飛び込んで、気持ちよさそうにもふもふを堪能した。
「ふふ。きもちいー」
そう言ってにこにこと笑う菊華を見ていたら、なんだかここ最近いろいろとあったこともどっと肩の荷が降りたような気持ちになって、俺も菊華にならって白にぼふりと倒れ込んだ。
一瞬、白が迷惑そうにちらりとこちらを睨んだが、頭を撫でて誤魔化して。
――もふもふは気持ちいいし、隣の妹は可愛いし、暮れかけた空は綺麗だし、風も気持ちいいし。
なんか、久しぶりに癒されたな――、と思っていたら。
「お兄さま、心臓の音がする」
と、懲りずに俺に身を寄せてきた菊華がにこにこと笑うので。
「当たり前だよ。生きてるんだから」
と、菊華の頭をくしゃっと撫でて。
再び、少しの間だけ、と瞼を閉じたのだった。




