第48話 初等部の卒業
――春。
華桜学苑では、高等部、中等部、初等部の順に、少しずつ時期をずらして卒業式が執り行われる。
それは、それぞれに子を持つ保護者への配慮なのだったが、年齢が上の順に卒業式が行われるのは、生徒に向けての気遣いだった。
高等部から大学へ進学する者は、進学の準備が必要になってくるため他より早めに卒業式を済ませるし、中等部を卒業する者は(主に女子だが)他家に嫁ぐために進学をやめて花嫁修行に入る者が出てくる。
そんなわけで、3つの中では初等部が一番最後に卒業式を迎えるわけで。
一番最初に卒業して行った北大路先輩たちを見送り、中等部から高等部にあがる先輩たちに祝いの言葉をかけた後。
自分達の卒業式を迎える番が来たのだった。
◇
「うむうむ。主人もヌシも、馬子にも衣装じゃの」
卒業式の日。
突然、俺と蒼梧の前に人型で現れた蒼龍がそう曰い。
「……お前のところは、卒業式にまで神獣が保護者としてくるのか……?」
「俺も止めはしたが、どうしても晴れ姿を見たいと言って聞かなかったんだよ……」
俺の苦言に、蒼梧も苦しそうに答える。
「あら、やだわ蒼様。こんなところにいらしたの?」
どこに行ってしまったのかお探ししましたのよ、と。
そう言って蒼梧の母の貴子様がぱたぱたと近づいてきた。
「まあ蓮様……。お久しぶりです。あいかわらず素敵な佇まいね」
「お久しぶりです貴子様。貴子様のお美しさもあいかわらずですね」
にこりと返す俺の言葉に、貴子様が愉快そうに「蓮様はいつもお上手ねえ」とコロコロと笑う。
「それじゃあ蒼梧、また後ほどね。ほら、蒼様。まいりましょ。早く行かなければ良い席がなくなってしまうわ」
「うむ。我らが主人殿の晴れ姿を、最良の席でとくと見なければならんからの」
そう言って、貴子様が蒼龍を押してまたふわふわと親族席の方へと消えていった。
「…………」
蒼梧の父は仕事で少し遅れてくるそうなので、お目付役としてもちょうど良いとのことで。
「……まあ、総代だしね。晴れ舞台だし。いいんじゃない?」
「結局、異能では最後までお前に勝てなかったけどな」
そう言うと、蒼梧がぶすっとした顔で、俺に向かってじとりと上目遣いで恨めしげに睨んできた。
――蒼梧のいう通り。
結局、初等部での成績は最後まで、学力は蒼梧がトップ、異能では俺がトップと、変わらぬ図式のまま卒業を迎え。
「くそ……、蒼龍を召喚しても結局お前に勝てないままじゃないか……」と蒼梧からの怨念のこもった眼差しを受け続けながら、今日という日まで来たのだった。
「はは……。あ、ほら。俺たちもそろそろ行かないと」
「おいお前、誤魔化されないぞ。中等部では絶対にぎゃふんと言わせてやるからな」
そんな軽口を叩きながら、講堂に向かってふたりで歩みを進める。
――そうして、初等部の卒業式は、蒼梧が総代に立ち、卒業生代表という務めを立派に果たしながら、何事もなく無事に終わったのだった。
「――お兄様!」
卒業式が終わり校舎から出てくると、俺の姿を見つけた菊華が嬉しそうにたたたっとこちらに向かってかけてくる。
そうして、俺に向かってぽふっとくっついてくると、
「とっても素敵でした!」
と満面の笑みを浮かべてこちらを見上げてくる。
「菊華ちゃん? お兄様ご卒業おめでとうございます、でしょう?」
そう言って菊華の後ろから妹を嗜めるのは、しっかり者の白百合だ。
「お兄様ご卒業おめでとうございます!」
「ありがとう菊華。白百合もありがとうね」
遠慮がちに、俺から少し距離をとって寿いでくる白百合の頭を、ぽんぽんと撫でてやる。
そうすると普段しっかりしようと気を張っている白百合も年相応に嬉しそうな表情をみせるので、やっぱり時々はこうして甘やかしてあげないとな、と思うのだった。
「じゃあな、蓮。そこの妹たちも、いい春休みを」
校門近くで妹たちと接している俺に、後ろから蒼梧がぽんと肩を叩いて追い抜いていく。
「うん。蒼梧もね」
「蓮様。またよかったらうちにも遊びに来てくださいませね」
蒼梧を追いかけるように、東條夫妻と蒼龍が手を振りながら立ち去っていく。
まあ、心配しなくても蒼梧とはまた中等部で一緒だ。
なんなら春休み中も暇になったら連絡が来るだろう。
「お兄様、菊華ちゃん。私たちもまいりましょう」
そう言って、白百合が俺の手を取り、車の近くで待つ父の元へと導いていく。
色々とあった3年間だったが、とりあえず妹たちが仲良く育ってくれたことがなにより得られたものだったなと思いながら、俺は校舎を後にした。
◇
そうして、俺が帰宅し、家じゅうで俺の初等部卒業を祝う空気の中。
夕食を終えようとした俺に、白百合が「お兄様、少しだけお待ちいただけますか?」と言って、菊華とふたりどこかへと消えていった。
「「お兄様、ご卒業おめでとうございます!」」
そう言って、戻ってきたふたりが、一緒に俺に向かって差し出してきたお皿の上には。
生クリームとさくらんぼで綺麗に盛り付けられた、プリンがのっかっていて。
「お兄様になにかお祝いをしようと思ったのですが、なかなか良いものが思い浮かばなくて……。菊華ちゃんと相談して、わたくしたちが最初にお兄様からいただいた思い出のプリンを、ふたりで作ってお返ししようということにしたのです。ね、菊華ちゃん?」
「はい! お兄様、ご卒業おめでとうございます!」
お兄様がいなければ、きっと今の自分達はいなくて。
このプリンが、全ての始まりだったんです、と。
さすがに、ふたりで何もかも作ることはできなかったから、いつものお抱え料理人に事情を説明して、手伝ってもらいはしたらしいが。
そう言って、ニコニコと差し出してくるふたりの姿と。
俺のために、台所で一生懸命にプリンを作ってくれているふたりの姿を想像して。
――正直、堪えきれずちょっと泣いてしまった。
ああ、俺のしてきたことは、間違っていなかったのかな、と。
少なくとも、姉妹ふたりが一緒にプリンを差し出せるほどには、この家は平和だ。
突然涙ぐんだ俺に、白百合と菊華は目に見えておろおろしだしたが、そんな妹たちもまた、愛しいと思い。
「白百合、菊華、ありがとう。……ふたりが妹で、お兄様はほんとうによかったよ」
と。
妹たちを抱きしめながら、そう告げたのだった。
【初等部編 完】
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
いったんここで初等部編が終了となります。
この後、中等部編も執筆予定ですが、しばらくの間更新はお休みとさせていただきます。
引き続き何卒、よろしくお願いいたします。




